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ICT教育を受けて育った子どもたちの姿に、教員のたゆまぬ授業 研究の成果を見る 熊本県山江村 ICT教育10年の軌跡(後編)

2021年12月21日 記事

山江村のICT教育を受けて育った子どもたちの今の姿。写真左より、西愛美さん、獄本いづみさん、渕田憲人さん、渡邊百花さん、蕨野悠聖さん
山江村のICT教育を受けて育った子どもたちの今の姿。写真左より、西愛美さん、獄本いづみさん、渕田憲人さん、渡邊百花さん、蕨野悠聖さん

熊本県山江村がICT教育を始めたのは、今を遡ること10年前。当時はまだICT活用自体もめずらしかったが、山江村は産官学で連携しながら、授業改善のツールとしてICT教育に取り組んできた。その取り組みの経緯や、公開授業の様子は、本シリーズの前編、中編で紹介した通りだ。

 

そんな⼭江村のICT教育を受けた子どもたちは、10年後にどのように成⻑し、どんな未来を思い描いているのか。その姿を、今年10⽉に開催された⼭江村⼩中学校『教育の情報化』研究発表会で見ることができた。

 

本稿では⼭江村で育った⼦どもたちと、その学びを⽀えた歴代の研究主任の発表から、多様な視点で語られた同村のICT教育についてお届けしたい。

山江村のICT教育で子どもたちを感化したものとは?

「教育の情報化」研究発表会の分科会・全体会が開催された山江村立山江中学校
「教育の情報化」研究発表会の分科会・全体会が開催された山江村立山江中学校

10年の集⼤成ともいえる⼭江村の「教育の情報化」研究発表会は、午前中の公開授業が行なわれた後、午後から⼭江中学校にて開催された。こちらの様⼦も、公開授業同様、YouTubeで全国にライブ配信されている。

分科会は、「山江村のICT教育で育った子どもたちの今」というテーマで、社会人や大学生、高校生になった山江村の卒業生5名が登壇し、ICT教育の思い出や、今の自分に役立っていることについてそれぞれ語った。学校の研究発表会で卒業生が話をするのはめずらしく、どんな話が聞けるか楽しみだ。

獄本いづみさん(小学校教諭)~ICT機器を使って学ぶ楽しい気持ちが理解できる先生に

獄本いづみさん(小学校教諭)。山田小学校・山江中学校卒業
獄本いづみさん(小学校教諭)。山田小学校・山江中学校卒業

トップバッターは、今年の春に小学校教員になったばかりの獄本いづみさん。獄本さんは、山田小学校に電子黒板が導入され、ICT教育を始めた最初の年に同校の6年生だった。「昼休みのパソコン解放で自由に触れる機会があり、タイピングやペイントをして"パソコンって面白い"と思ったのを覚えています」と当時を振り返る。

獄本さんは、山田小学校の卒業制作で取り組んだ山江村のCMづくりや、プロジェクターを使った読み聞かせ活動、また中学生になってからの1人1台の学習で、自分のペースで勉強ができたことや、デジタル教科書を使った学習が良かったと思い出を語った。ほかにも、ICTだけでなく、地域と交流する学びが多かったことも山江村の良さだと話す。

「ICTを使って学べる楽しい気持ちは、私も知っているので、教員になった今も子どもたちの気持ちが理解できます。小学校教員として働くうえで、自分が学んできたことを子どもたちに還元することができ、山江村で受けた教育がとても役に立っています」と述べた。

「山江村の先生は電子黒板をこんな風に使っていたな」と思い出しながら、自分なりに小学校教員として研究しながらICT活用を進めていると獄本さん
「山江村の先生は電子黒板をこんな風に使っていたな」と思い出しながら、自分なりに小学校教員として研究しながらICT活用を進めていると獄本さん

西愛美さん(大学生)~最新の教育を受けているという安⼼感

西愛美さん(京都大学)。山田小学校・山江中学校卒業。将来の夢は「知的好奇心を刺激できる教師」
西愛美さん(京都大学)。山田小学校・山江中学校卒業。将来の夢は「知的好奇心を刺激できる教師」

西愛美さんは、京都大学の学生。山田小学校でICT教育が始まったときは5年生で、「人前で話すのが苦手でしたが、電子黒板に触りたい一心で発表したいと思うようになりました」と当時を語る。中学校では1人1台端末を活用した学びを経験。グループ活動などを通してICT機器を活用する勉強には、とても新鮮味を感じたそうだ。

西さんは、村全体でICT教育に力を入れてもらえたことについて、「教育熱心な風土で育ったことを感謝しています。ICTを活用できることで最新の教育を受けている安心がありました」と語る。また獄本さん同様、山江村の良さはICT機器の利活用以外の面でも教育が充実していたことだと言及。「山江中の図書館では自分しか読まないような歴史の本を買ってもらえたり、校外のプログラムも誘ってもらって豊な学びができました。そんな支えがあって、今の私があると思っています」と述べた。

「村全体で教育に力を入れてもらえたことで、子どもは安心して学ぶことができた」と西さん。図書館で勉強をしていても、地域の人が声をかえてくれて良い環境で学べたと話す
「村全体で教育に力を入れてもらえたことで、子どもは安心して学ぶことができた」と西さん。図書館で勉強をしていても、地域の人が声をかえてくれて良い環境で学べたと話す

渕田憲人さん(大学生)~先⽣と⼀緒に授業を作っているような感覚

渕田憲人さん(鹿児島大学)。小学校6年の時に初めてICT教育に触れる
渕田憲人さん(鹿児島大学)。小学校6年の時に初めてICT教育に触れる

鹿児島大学に通う渕田憲人さんは、ICT機器を活用して、友だちと考えを共有する学習や、映像を使う学習が良かったと述べた。特に理科の映像教材は目で見るのはインパクトがあり、友だちと休み時間も話題になったと振り返る。また山江村のICT教育については、先生との関係性に良さを感じていたようだ。「先生もICTに慣れておらず、授業の中で戸惑う場面もあり、そんな時は自分たちも“こうすればいい”と積極的に発言しました。先生と一緒に授業を作っているような感じを持てたことがよかったです」と語った。

渕田さんは山江村の教育で、友だちと興味深く学べたことが、今の自分につながっていると話す。「自分に知らないことがあると、知りたい、分かりたいと思っていました。そして学校の授業で興味を持って学べたことが学力向上につながったと思う」と語る。将来は地域と教育に貢献できるような仕事に就きたいと話す渕田さん。こうした進路選択も山江村の教育が自分に影響しているという。

「先生たちも手探りでICT活用を進めていたが、頑張っている姿や混乱している姿を見て、先生にシンパシーを感じた」と渕田さん。そんな大人の姿を見たことが将来につながっているようだ。
「先生たちも手探りでICT活用を進めていたが、頑張っている姿や混乱している姿を見て、先生にシンパシーを感じた」と渕田さん。そんな大人の姿を見たことが将来につながっているようだ。

渡邊百花さん(大学生)~大学でも通用する山江村での学び

渡邊百花さん(大学生)。将来の夢は「社会の問題に挑むデザイナー」になること
渡邊百花さん(大学生)。将来の夢は「社会の問題に挑むデザイナー」になること

渡邊百花さんは、佐賀大学でデザインを専攻する大学生。渡邊さんは山江村の教育を通して、「主体的に学び、相手に伝える力が養成されました」と述べた。山江村では、地域の人に話を聞く学習や、児童が地域に出て行って学ぶ機会も多く、課題解決型学習で学んだ経験が、今の渡邊さんに活かされているようだ。

自分で疑問を持ち、実際に話を聞いたり、情報収集をしながら、学んだことをタブレットにまとめて発表し、もっと知りたいところを深堀りしたり、みんなに共有して意見をもらうといった学習プロセスがとても良く、山江村の学びは大学でも通用しています」と語る。渡邊さんが学ぶ情報デザインの分野では、特にこの学習プロセスが重要なようで、山江村で学んだやり方と同じなので非常に役立っていますと語った。

「山江村で学んだやり方は、大学に入っても同じ」と渡邊さん。山江村の学びを活かして社会に貢献していきたいと話す
「山江村で学んだやり方は、大学に入っても同じ」と渡邊さん。山江村の学びを活かして社会に貢献していきたいと話す

蕨野悠聖さん(高校生)~ICT教育の経験が自分のできることを増やす

蕨野悠聖さん(人吉高校2年)。小中学校と計9年間のICT教育を受けた。将来の夢は、社会の教師
蕨野悠聖さん(人吉高校2年)。小中学校と計9年間のICT教育を受けた。将来の夢は、社会の教師

最後は、山田小学校で6年、山江中学校で3年、計9年間のICT教育を受けた高校2年生の蕨野悠聖さん。高校でも1人1台端末が始まったそうだ。蕨野さんは小中学校で映像を活用した授業やICT機器を使って意見をまとめる学習などの活用例を紹介したほか、ICT機器の利活用のメリットについて「デジタル教材で映像や資料が見やすくなるのが良かった。記憶に残りやすく学習に役立った」と述べた。

今も高校でICT教育が本格化しているが、すぐに対応できて、学習を進められているという。「小中学校でICTに慣れ、その経験をもとに高校・大学で自分のできることがもっと増える、社会にも通用するだろうと思える。これがICT教育の良いところだと思います。ただ、便利さに飲み込まれないようにすることも大切にしたいです」と語ってくれた。

ICT教育は、「自分のできることがもっと増える」と可能性を感じられることが一番のメリットと蕨野さん
ICT教育は、「自分のできることがもっと増える」と可能性を感じられることが一番のメリットと蕨野さん

卒業後の子どもの姿ほど、教育の成果を映し出すものはない。ここに登壇した卒業生は、いずれも次の時代をつくる大人へと成長しているのが頼もしい。また登壇した卒業生たちの多くは教員や教育関係の進路を望んでいたが、山江村で受けた良質な教育が影響しているのだろうか。教員の志願者も減る昨今、教育に希望を持てる若者が育っていることも素晴らしい。

ICT教育を10年間アップデートし続けた歴代の研究主任たち

続いて、全体会では「山江村10年の軌跡〜ICT教育と授業改善」と題して、山江村のICT教育を支えてきた歴代の研究主任が登壇した。この10年間、どのように授業の質を高めてきたのだろうか。

全体会に登壇した歴代の研究主任。写真左より、恒松龍治教諭(現:あさぎり町立免田小学校教頭)、樋口勇気教諭(現・八代市立八代小学校教諭)、西口雄一郎教諭は(現・熊本県教育庁教育政策課指導主事)、澤村裕子教諭(山江村立万江小学校)
全体会に登壇した歴代の研究主任。写真左より、恒松龍治教諭(現:あさぎり町立免田小学校教頭)、樋口勇気教諭(現・八代市立八代小学校教諭)、西口雄一郎教諭は(現・熊本県教育庁教育政策課指導主事)、澤村裕子教諭(山江村立万江小学校)

山江村のICT教育において、最初の2年を担当した恒松龍治教諭は、「提示と共有」というICT機器の利活用に重きを置いた。「わかりやすいものを研究実践にしないと、多くの教員は何をやっていいかわからない。教員全員が手応えを得られるものとして、提示と共有に取り組みました」と同教諭は語る。

 

一方で、2年目からは学習規律やノート指導などを研究視点に追加。自分たちの取り組みを研究通信としてSNSで発信するなど、オープンな環境も作った。「こうしたことができたのも、すべては校長のリーダーシップ。校長が方向性を示さなければ、現場の教員は動けない」と述べ、山江村は当時の藤本校長(現教育長)のリーダーシップのもと、良いスタートを切ったと語った。

 

恒松教諭が示した、山江村におけるICT教育1~2年目の研究ポイント
恒松教諭が示した、山江村におけるICT教育1~2年目の研究ポイント

ICT教育の3年目から研究主任になった樋口勇気教諭は、小学校で1人1台環境の実現、デジタル教科書の実証事業など充実したICT環境を活かし、「主体的に学び合うをテーマに、とにかく実践を繰り返し、研究を深めていった」と同教諭は語る。

 

具体的には、「小研ウィーク」という期間を毎月設けて、教員全員がタブレットを用いた授業を行なう授業研究を実施。「教員にはかなりハードだったが、この中で課題が共有され、研究が進んだ」と樋口教諭。また授業においても、課題把握、個人思考、集団思考、振り返りという、授業改善に大きく寄与した授業デザインの実証も進めた。一方でタブレット端末の持ち帰りといった新たな試みも挑戦し、ICT機器の利活用の可能性を広げた。

 

山江村ではICT教育3年目~5年目に授業デザインの研究に取り組んだ
山江村ではICT教育3年目~5年目に授業デザインの研究に取り組んだ

3人目の西口雄一郎教諭は、ICT教育の8年目から9年目までの研究主任だった。この時期になると、いかにICT教育を発展させていくか、という視点が研究の要だったようだ。そこで西口教諭が取り組んだのが、情報活用能力の育成を軸とした授業づくり。村内の小中学校3校合同で年間計画を作成し、ひとつのカタチに仕上げた。「3校で上手くいかないことを共有し、めざす子ども像の共通理解を深めながら実践を進めた」と同教諭は語る。

ICT教育が8年~9年を迎えた頃は、情報活用能力の育成をめざす年間計画も作成
ICT教育が8年~9年を迎えた頃は、情報活用能力の育成をめざす年間計画も作成

最後は、複式学級の万江小学校で研究主任を務める澤村裕子教諭。同校では、教員が他の学年を教えている間に(間接指導)、児童たちで学習を進められるように学習リーダーを設けている。この仕組みは、複式学級がない学校にも有効であり、「主体的学び」につながると述べた。さらに澤村教諭は、「ICT活用を滞らせないことが大事で、新しくきた教員が今まで蓄積されたノウハウを学べる環境も必要だ」と述べた。

複式学級の万江小学校では、学習リーダーを中心に児童たちで主体的に学習を進める場面も
複式学級の万江小学校では、学習リーダーを中心に児童たちで主体的に学習を進める場面も
熊本市教育センター・前田廉裕主任指導主事
熊本市教育センター・前田廉裕主任指導主事

全体会のコーディネーターを務めた熊本市教育センター・前田廉裕主任指導主事は、10年もの長きにわたり授業改善を追究してきた努力を評価し、山江村から学ぶ点は多いと述べた。加えて、今の学校現場における課題感として、ICTが導入されたからといって授業が改善されるわけではないと前田氏。「どのように授業改善していくか、また学校をどのようにマネジメントしていくのか、この2つの点において共通理解がないと良いICT活用が生まれない」と指摘、GIGAスクールで全国に一斉導入されたICT機器の活用状況にも警鐘を鳴らす。

授業づくり、授業研究で学びの質にこだわり続けた山江村の強さ

放送大学・中川一史教授
放送大学・中川一史教授

全体会の最後は、放送大学・中川一史教授による講演が設けられた。中川氏は山江村の取り組みについて、「学習規律や学習基礎の上にICTが乗っかっていて、ノート指導や板書などアナログの良さも生かしている。不易流行をどのように取り入れて教育を追究していくか。これに挑戦してきたのが山江村の10年だった」と述べた。

一方で、全国で進む1人1台端末の活用は「使い慣らし」から「活用を広げる」のフェーズになりつつある。この段階のICT活用は追究し続けていくと、いかに授業で効果的にICTを活用するか、どのように教科の学びを深めるか、といった授業作りに戻って来ると中川氏。その際には、個別最適な学びや協働的な学びを一体で進めることが大切になってくるが、この点においても、山江村は早々に着手しており、「先陣を切ってICT教育に取り組んできたのを改めて感じる」と語った。

これからは文房具と同じようにICTを日常的に活用することが求められる。もちろん、そうした使い方も大切であるが、どんなにICTが入ってきても、授業づくり、授業研究を追究していかなければ、子どもたちの学びの質は高まらない。「山江村は長年、この課題に向き合い、さまざまな人とつながりながらICT教育を花咲かせてきた。ネクストステージにも大いに期待したい」と中川氏はエールを送った。

前編・中編・後編と3回に渡って山江村のICT教育について掘り下げてきた。この取材を通じて、山江村で学び、ICT教育の恩恵を受けた子どもたちが成長して、未来を語る姿に明るい希望を感じた。こうした子どもたちがやがて地域の未来をつくる担い手になるだろうが、その礎は山江村の学びにあるといっていいだろう。登壇した卒業生たちを見ていると、かつて教員たちが追究した、めざす子どもたちの姿がここにあるように思えてならない。

言うまでもなく、ICT機器はツールでしかないが、子どもの頃に活用を経験したことで、学びを楽しんだり、自分の世界や可能性を広げたりと、主体性を獲得したことが子どもたちの財産だ。そしてICT機器だけに限らず、アナログを大切にしてきた山江村の教育は、ふるさとを想う心も育んでおり地域に根差す人材育成につながっている。こうした武器とマインドを持って、社会で活躍してくれるであろう山江村の子どもたちや、これからの山江村の教育がますます楽しみだ。

 

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