学びの主人公は子どもたち自身
しおり:わか子先輩〜! お久しぶりです! お会いできたのは何年ぶりでしょう、とっても嬉しいです。
わか子:しおりん…じゃなかった、しおり先生、本当に久しぶり。新幹線だとすぐの距離なのに、なかなか会えないものね。今回は急な話でごめんね。
しおり:いえいえ、ほかならぬわか子先輩の頼みですから、何でも協力しますとも。うちの中学校でのGIGAスクール端末導入後の事例についてお話しすればいいんですよね?
わか子:そうなの。いろんな学校現場での取り組みを知っておきたくて。授業だけじゃなくて校務ではどう使われているのか、学校としての環境整備に向けた取り組みや体制なんかも聞きたいな。しおり先生の学校ではかなり上手く活用しているんでしょ?
しおり:今はだいぶノウハウが溜まってきましたけど、教員全員がICTに詳しいわけではないので最初はいろいろ失敗もありましたし、この数年は試行錯誤の連続でした。
わか子:そうなのね、ではさっそくだけどGIGAスクール端末の導入で一番大きく変わったのはどんなところ?
しおり:そうですね、変わったというか最初に変えなくちゃいけないなと考えたのは、授業のあり方です。子どもたちに授業や課外活動でタブレットをどう使ってもらうかということも大事ですが、教員主導の授業から子どもたちが自ら課題を発見して、自分の考えを発表できる能力を育てていけるようにしたいと思ったんです。
わか子:文部科学省の新しい学習指導要領にもそう書いてあるよね。単にタブレットを配っただけでは授業は変わらないので、協働学習のように教員側が意識的に授業の設計を変えていく必要がありそうね。
しおり:はい。学びの“主人公”は子どもたちなので、彼らが新しいツールで学習や表現の幅を広げられるように工夫しました。もちろん、今までの板書や電子黒板を使った一斉授業も学習の前提となる基礎知識を得るためには有効です。デジタルがアナログに取って代わるという単純な話ではなくて、両方の利点を取り入れることで学びの質を高めていくのが本来の目的ですから。
トラブルはむしろ指導のチャンス
わか子:しおり先生の授業ではどんなふうにタブレットを使っているの?
しおり:私の担当する理科の授業では、実験や観察の記録にタブレットのカメラを用いることが多いです。動画として記録して終わりではなく、それを根拠にして自分の考えをまとめて発表するところまでが学習です。紙のノートよりも保存性が良いので、その授業だけでなく昨年学んだ内容も引用して発表する子もいて、情報活用能力に驚かされました。
わか子:そうか、文字や手描きのイラストだけじゃなくて、動画という表現方法も増えるんだね。
しおり:カメラについては英語の発音の確認や、体育などの実技系科目との相性がいいと感じてます。国語や数学での活用は少し工夫がいるかもしれませんが、カメラを使うこと自体が目的ではないので、それぞれの教科に合わせてタブレットの機能で使えるものを有効活用してもらいたいですね。私たちも授業実践の勉強会をしたり、他校の先生方と交流して情報交換をしたりするようにしています。
わか子:小学校だとあまり意識していなかったけど、教科によって向き不向きがあるというのは確かにそうかもしれない。中学校だとインターネットを使った「調べ学習」も積極的にしているの?
しおり:もちろんです、今では日常の学習手段となっています。教科書もインターネットも学習のための便利なツールなので使わない手はないです。今まで調べ学習というとコンピュータ室に移動して「さあ調べましょう」と大がかりなものでしたが、1人1台だと子どもたちが今気になったことをその場ですぐ調べられるというのは大きな変化かもしれません。
わか子:でも、調べるのが得意な子とそうでもない子がいると思うけど、その辺の差が生まれたりはしない?
しおり:検索が得意な子は教科書に書かれていないようなことまでどんどん調べてしまうけど、それ自体は問題ではないと思っていて、全員に高い検索能力を身につけてもらいたいとも考えていません。義務教育段階の子どもたちは調べただけでは深い理解には到達していないことが多いので、子どもたちがそれぞれ調べたことを持ち寄って学びを深めることのほうが大事です。調べるのが上手な子、情報を整理してまとめるセンスのある子、ビジュアルで表現するのが得意な子たちが協力して全体の理解度が上がっていくイメージです。
わか子:やっぱり、ある程度子どもたちに自由にやらせるほうが遠回りなようで実はうまくいくのかな。
しおり:もちろん、子どもたちは経験が足りませんから間違えたり失敗したりすることだってあります。だけど大人が先回りして失敗しないようにするのは、もしかしたら学びの機会を奪っているかもしれませんよ。トラブルはむしろ指導のチャンスと思っていて、そこでの教員の役割は、どこでどう間違えたのかを子どもたち自身にその場で考えてもらって次に活かしてもらうことです。失敗を糧に成長できる子どもたちの能力を信じてあげたいですね。
わか子:それって大人にも言えることだなあ。失敗したことは確実に覚えるもんね、思い返すと恥の多い人生でした…。
しおり:わか子先輩!もっと話さなきゃいけないことがいっぱいありますから!
わか子:そうだった。課題の配付や回収はやっぱりクラウドを活用しているの?
しおり:うちの学校ではiPadなので、Appleの「クラスルーム」と「スクールワーク」で課題の管理や進捗を把握しています。資料の共有は「GoogleWorkspaceforEducation」を利用していて、こちらは掲示板的な使い方をしています。提出物やその場での情報共有には授業支援ツールを使う場合が多いです。
わか子:クラウドはいくつも使い分けているのね。持ち帰り学習もやっているって聞いたけど、端末はどうやって管理しているの?
しおり:最初は「プロファイルマネージャ」で管理していたのですが、校内のネットワークに接続しないとアプリが更新できないとか不都合もあったので、昨年のオンライン授業をきっかけにMDM(モバイルデバイス管理)を導入しました。私たち教員が便利になった実感があるわけではありませんが、端末の破損や紛失に対応できるようになったメリットは大きいです。
クラウドで教員の働き方も改善
わか子:子どもたちがちゃんと学びに活用できている話を聞くとホッとするわ。もう1つ聞きたかったのが、教員側がどのように受け入れていったかというところね。
しおり:これはよくある話だと思うんですが、やっぱり最初は一部の先生から反発はありましたよ。でも、子どもたちが楽しく学んでいる姿を見ているうちに少しずつ変わってきました。こういうのは押し付けても仕方ありませんから。
わか子:おお、北風と太陽作戦だね。働き方にもいい影響はあった?
しおり:以前は学校に備え付けのパソコンでしか作業できなかったけど、ノートパソコンが支給されることになって、GoogleやAppleの教育系クラウドサービスが使えるようになってからは働きやすさは確実に改善しています。以前よりも退勤時間は早くなってますね。
わか子:それは英断だね。生徒の成績など個人情報を持ち出さないといったセキュリティ体制は必要だけど、クラウドを利用すれば余計な資料配布なども減るよね。
しおり:そうです。生徒の状況や他の先生の授業の進捗なども可視化されるようになったので、教員同士の連携も強まった気がします。それと、メッセンジャーでコミュニケーションも取れるようになったので、緊急事態に対してもスピーディに対応できるようになっています。何かあったらオンラインの授業に切り替えることができるのもICTの利点です。
わか子:そうだね、教える側がICTを便利に楽しんで使っていかなければ、子どもたちにその良さを伝えることもできないよね。
しおり:子どもたちも私たちも一緒に学びながら進めている感じです。GIGAスクールの成果というと端末の普及率とか目に見える部分に注目が集まりがちですが、それがうまくいくかどうかは、まずICT環境などのインフラ整備、運用のためのルールや情報モラルの育成、教員側のICTスキルの向上が最低限欠かせないと考えています。そして、実は根底にあるのは教員側の学びに対する考え方のアップデートなんじゃないかな…と思っています。大先輩のわか子先生の前で言うのもなんですが。
わか子:いや、とても参考になったよ! 1人1台端末の活用状況に差が出始めているのは何でだろうとずっと疑問に思っていたけど、現場の教員の受け止め方もかなり重要そうだね。これは1人で考えていても解決しにくい問題なので、皆で学んでいく機会は必要かもしれない。
しおり:はい、先生だって勉強は必要です。
【監修】大崎貢(上越教育大学附属中学校 教諭)
新潟県内の公立中学を経て、現在は上越市のApple Distinguished School(Apple認定校)である上越教育大学附属中学校・教諭。担当教科は理科。Learner Success Manager/ICT Diffuserを名乗り、学習者主体の授業デザインを追求している。
Apple Distinguished Educator Class of 2019、GEG Joetsu Leader、ロイロ認定ティーチャー・シンキングツールアドバイザーなど、校内外の研修を担当して精力的に活動中。
【次回予告】
中学校での活用状況について理解を深めたわか子先生。次回は、児童・生徒の教育情報を守るために欠かせないセキュリティ体制の構築と運用についてさらに掘り下げて探求します。お楽しみに!
次回:第3回「厳しい」セキュリティから「正しい」セキュリティへ