セカンドGIGAに合わせてゼロトラストセキュリティが必須に
――市原市では市役所の情報部門が教育委員会と一緒に施策を進めているそうですね。
甲田 はい。私は市原市役所の行政事務職員ですが、2012年(平成24年)から継続して教育委員会と関わってきました。市原市の人口は約26万人。市内には小中学校合わせて60校、約1万8000人の児童・生徒がおり、教育委員会の知見だけでは多くのシステムやネットワークの導入・運用をカバーするのは非常に困難です。そこで私が行政部門で培った情報システムのノウハウをアドバイスし、二人三脚で進めています。全国的に見てもこれほど行政と教育委員会が協力し合って進めている事例は珍しいと思います。
――今回、市原市教育委員会がゼロトラストセキュリティを導入した背景と目的を教えてください。
甲田 市原市のGIGAスクール構想はWindows OSと「Microsoft Office」による環境構築が基本です。2025年度のセカンドGIGAに合わせ、児童・生徒用の学習用端末を更新するとともに、文部科学省のガイドラインに沿って、学習系・校務系のネットワークを統合し、学習・校務兼用のハイスペックな校務用端末を整備することとしましたが、同時にセキュリティ強化の必要性が出てきました。クラウドにデータを預ける場合はセキュリティ対策の抜本的な見直しが求められるため、Microsoft 365 A5によるゼロトラスト環境への移行計画を立てました。
――これまでのネットワークはどんな仕組みだったのですか。
甲田 従来の各学校のネットワークは、校内は無線LAN環境を教育委員会が整備、学校とデータセンターを結ぶ閉域の広域WANを行政の情報部門が整備、運用していました。インターネットに関してもこの広域WANを通じてアクセスしているほか、行政側で調達した仮想サーバーに校務支援システムなどを設置して運用することでコスト最適化を図ってきました。
ただしファーストGIGAで各学校にブレイクアウト(特定の通信はWANを経由せずにインターネットにアクセスする構成)を採用し、GIGAスクール端末に関しては直接インターネットにアクセスできるようにしました。さらにインターネット分離、メール無害化ソリューションを2022年度(令和4年度)から導入。現時点で校務用端末はこれらのソリューションを経由してセキュリティを担保していますが、こうした環境を段階的にゼロトラストセキュリティに移行すべく準備に取り掛かっています。

夏季休暇を利用して一斉にMicrosoft 365 A5環境へ
――ゼロトラストセキュリティの導入にあたり、どのような課題がありますか。
甲田 Microsoft 365 A5のライセンス調達は2025年3月に完了しましたが、全体の移行は2025年度の夏季休暇期間中に一斉に実施します。課題はやはり移行そのものです。最も大きな作業は学校ごとのネットワーク設定変更。全校一斉のリモート設定が理想ですが、現実的に難しいので各学校にSEを派遣して変更する必要があります。
また、データの保管方法としては、重要な文書はデータセンターで運用するファイルサーバーにアップしていますが、各学校にもNASが置いてあり、運動会や修学旅行のメディアコンテンツなどが保存されています。いくらMicrosoftのクラウドとはいえ容量は無制限ではありませんから、それらのデータを一旦整理して移してもらわなくてはなりません。そのためUSBタイプのSSDを渡して「データのバックアップを取ってから作業に取り掛かってほしい」と呼びかける計画です。
――具体的にどのような構築を行なうのかをお聞かせください。
甲田 すでに令和7年4月の児童・生徒用端末の更新に合わせ、校務系テナントにMicrosoft 365 A5ライセンスを適用し、児童・生徒のアカウントを移行しました。次に、この夏季休暇期間中にデータセンターにある様々なシステムをクラウドへ移行します。
ここではファイルサーバーやNASが鍵を握ります。我々はMicrosoftの推奨に従い、「Microsoft Teams」(以下、Teams)をインターフェースにして、情報・文書共有プラットフォームの「Microsoft SharePoint」やクラウドストレージの「Microsoft OneDrive」にファイルサーバーなどのデータを移行していきます。
現状では旧型の校務用端末しか校務支援システムやファイルサーバーにアクセスできませんが、夏季休暇を経てすべてクラウドに移行すれば、2025年度に導入した新型かつ高性能な端末が授業に加えて校務での活用も可能になります。これにより、教員の方々には非常に利便性を感じてもらえるはずです。
――教職員や児童・生徒に対するセキュリティ教育はどう考えていますか。
甲田 2024年末、今回の移行計画の説明をした際にセキュリティに関しても、「今までは無菌室のような状態を作って守っていましたが、今後はインターネットの利用が日常になってくるので、端末やIDの振る舞いをしっかりとモニタリングできるセキュリティ体制に変更します」と説明しました。
概要のみの説明でピンとくる方は多くなかったと思いますので、今回の移行に合わせて集合研修を開催したり、誰にでも分かりやすい資料を作成して校内研修会などに役立ててもらったりして、セキュリティへの関心と理解を深めてもらおうと考えています。児童・生徒に関しては、SNSやインターネットのリテラシーなどが大切だと思います。

校務DXでも多大な効果が見込める
――Microsoft 365 A5に変わることで校務DXも加速するのではないですか?
甲田 そうですね。先ほども触れたように、ファイルサーバー機能はTeamsをインターフェースにした活用に変更していくので、今後はTeamsをコミュニケーションツールの核に据えることを教育委員会と相談しているところです。
例えば教育委員会と各学校のTeamsを連携し、自動化ツールの「Microsoft Power Automate」によって教育委員会からの通知文書等のデータをメンション付きでTeamsに配信するシステムを開発中です。そうすることで教育委員会が発出した通知の見落としや通知返答の滞りを防ぐことができます。また、市内のある学校では事務職員がPower Automateを駆使して、欠席連絡のメール通知をTeamsにメンションしたり、Excel集計したりする仕組みを開発・実装した事例も生まれています。
このように合理化の仕組みが浸透すれば、やがては教員の働き方改革につながり、空いた時間をより充実した教育に向けられるようになります。我々は教職員がより有効にリソースを使えるような環境づくりを支援していきたい。その点でもMicrosoftのソリューションをフル活用したネットワーク統合、セキュリティ対策も含めた環境構築は多大な効果をもたらすと考えています。
――最後に今後の展望について教えてください。
甲田 民間のビジネス同様、教育の領域でもデータを収集・分析する動きが出てきています。今回の環境整備により市原市では、例えば児童・生徒の心の状態を可視化するアプリをPower Platformで開発、収集したデータを「Microsoft BI」で可視化、分析するといったこともできるのではないかと考えています。
蓄積したデータは教職員に限らず、教育委員会、市役所の教育部などと共有して分析することが可能。外部連携の意味でもメリットは大きいです。こうしたチャレンジができるのもセキュリティの信頼度が高いMicrosoft 365 A5の環境があるからこそ。これまで以上に市原市の教育DXが進んだら素敵だなと思っています。