統一された市のICT環境がもたらすメリット

――マイクロソフト認定教育イノベーター(MIEE)を取得された理由と、その効果をお聞かせください。

大機 2023年度ICT活用研究員に選ばれたのを機に、任期の1年間、できるだけICTについて学びたいと思ったのがきっかけです。既にMIEEを取得されていた方に活動内容をうかがって、興味深いと思いエントリーしました。堺市外の先生方ともつながることができ、とても良い刺激になっています。

――ICT活用研究員はどのような活動をされるのですか。

大機 週1日は教育委員会と一緒に各学校を回って先生方の授業を視察し、放課後に研修会を開いてICTの使い方提案やアドバイスなどを行っています。残りの4日間は勤務校で授業をして実践を積み重ねます。自分の実践を通して、ICT活用を広げていくというのが主な活動です。実は僕自身、ICT活用がすごく得意という訳ではありませんでした。コロナ禍に入ってGIGAスクール構想によるデジタル端末が子どもたち一人ひとりに支給され、授業で実施せざるを得ない状況になったのが転機です。まずはオンラインで子どもたちの家庭学習をサポートするところからはじめましたが、想定以上に校務でExcelやWordを使う機会が増え、手探りで学んでいきました。


――堺市は全市を挙げて教育のICT化を推進されているようですが、ICT環境整備の面でどう感じていらっしゃいますか。

大機 堺市はすべての学校のPCが Windowsで、同じアプリケーションを校務で使用しています。他の自治体では教師と児童のICT端末が異なっている場合もあり、ずれが生じるケースもあります。
堺市教育委員会がまず教師にMicrosoft Teams(※以下 Teams)の活用を促し、授業のベースラインでTeamsを使用する指針を決めています。校務での活用方法を市内で共有するときも、全員の環境が統一されていることですぐ実践しやすいのが助かっています。

児童の自主性も引き出す自由進度学習

――「Teams」の授業における使い方をお聞かせください。

大機 今年は4年生全5クラスの算数の授業を受け持っています。この学年はICT活用研究員だった昨年も受け持っていて、ICTの使い方の基礎を教えていました。例えばキーボードのタイピングやショートカットキーの使い方、チャットは公共の場だから丁寧な言葉遣いで話そうといったようなことです。そういう基礎ができている子たちだったこともあり、課題や目標を与えて各自がそれぞれのペースで学ぶ「自由進度学習」に取り組みました。

自由進度学習では、最初に授業の課題をTeamsに投稿します。そこにはその日授業で学ぶべき課題や、デジタル教科書の該当ページへのリンク、目標(ルーブリック)などを提示しています。できる子は自分で教科書を読んで、用意してある問題をどんどん解いていきます。一方理解に時間がかかる子は、つきっきりで指導します。目標には全員が目指すべき目標と、もっと頑張りたい子向けの2つがあり、できる子はどんどん学びを深めていきます。

自由進度学習の「ミッション表」。児童の自己評価をもとに、授業終盤にExcelを活用した振り返りを行い、自己を客観視する時間を設ける

問題を解き終えると、Excelの「ふりかえりシート」に、学習の記録を1人1行でそれぞれ記入します。「ふりかえりシート」には学習で分かったことやポイントを記入する記述部分があり、なかなか理解できない子は他の子の記述も参照しながら自身の学びにつなげることができます。
そんな環境でもわざわざ記述を見にいくのが面倒だと感じる子もいるので、児童が自主的にコメントやノートの写真をTeamsに投稿してくれるようになりました。クラス全員で一緒に学び合っている感覚があって、それだけでやって良かったと感じています。

「ふりかえりシート」の一部。児童同士が閲覧できるため、モチベーション向上にも繋がる

――先生の授業は、子どもたちにどのような学びをもたらしたと思いますか。

大機 何より嬉しいのは、子どもたちが算数を楽しいと言ってくれることです。4年生の算数教育は、具体から抽象に変わり捉え方が難しくなるので、ドロップアウトする子が出やすい時期です。しかし、みんなイキイキと学んでいます。内容によって一斉授業をすることもありますが、そうすると自由進度学習をやらないのと聞いてきます。

――保護者の反応はいかがですか。

大機 当初は児童ごとに進度が異なるため、宿題とその日の授業内容が合わないことがあり、「子どもが習っていないと言っている」といった問い合わせが寄せられることもありました。そこでやり方を見直し、最後の15分間をまとめの時間として宿題に合わせた学習を行うようにしました。このような改善によって、否定的な反応は減ってきています。

一番確実なのは、我が子が算数を楽しいと言っていることです。そういう反応を聞くと、保護者の中で自由進度学習が話題に上るようになります。同時に学校からも情報を発信することで、認知度が上がってきました。
今年は算数を教えていますが、今後は別の教科でも自由進度学習に取り組みたいです。

前向きに取り組む子どもたちの様子

教材研究の優秀なアシスタント「Copilot」

こういった授業の裏で、やるべき校務がたくさんあることも事実です。そこで私はMicrosoft の生成 AI 機能である「Copilot」を校務で活用しています。自分が分からなかったことをすぐに回答してくれるだけでなく、やりたいことを具体的な案に落とし込んでくれる。助っ人が常時そばにいてくれるという安心感があり、もっとこんなことをしてみたいという意欲も湧いてきました。

――具体的にCopilotを、どのように利用されていますか。

大機 主に授業の教材研究に使っています。指導案を作成する際、「こういう観点で評価したい」といったプロンプトを入れると、評価基準を自動作成してくれたり、授業展開に合わせて予想される子どもの意見などを教えてくれたりします。かなり妥当な回答が出てくるし、自分の想像の上をいく案も提示されるので、それを元に授業の組み立てを考えたりしています。

授業内で使う資料もネット検索より効率的に集めてくれます。生成AIによるイラスト作成なども、著作権に配慮しなくてもいいので、優秀なアシスタントに力を借りている感じです。

―――Copilotの活用による成果をどのように感じておられますか。

大機 僕自身も二児の父でお迎えに行くこともあり、限られた時間で仕事をこなす必要があります。市も働き方改革として、限られた時間の中でより効率的に質の高い校務を行うよう求めています。Copilotを使うことで、今まで時間がかかっていた地道な作業を短時間でこなせる可能性が見えてきました。

今は思いついたことを試している段階で、エビデンスを作りながら皆さんに発信しています。使えば使うほど発見があり、やりたいことがどんどん出てきます。その分一時的に時間はかかりますが、使いこなして取捨選択できるようになれば、作業を最短コースでこなせるようになり、今までできなかったこともできるようになると感じています。

――Copilotの、堺市における導入状況をお聞かせください。

大機 2023年末にICT活用研究員が先行的に利用を開始しました。その試行錯誤を経て、現在は市内の全教員が利用できる環境が整備されています。ですが「生成AIを知っているけど、使っていない」という先生方がほとんど。実際の活用率はまだ高くないという印象ですので、より活用を広めるためにはどうすればいいか考えました。

そこで、堺市には先生の約3人に1人が参加する「GIGAスクールコミュニティ」というチームでCopilot活用の情報発信を始めました。まずTeamsを使って30分間のオンライン研修を、年間50本配信しました。当初はそれなりに見てもらえていたのですが、忙しい教員にとって30分間の動画視聴はなかなかハードルが高かったようです。
そこで、現在はマイクロソフトの動画エディター「Microsoft Clipchamp」を活用した30秒の動画を配信するスタイルに移行しました。動画を作る際には、現場の先生方に直接困りごとを聞いてみたり、より実践に近い発信を心がけています。お陰様で少しずつビュー数も増え、市内で少しずつ浸透していっている感覚があります。

Copilot活用の情報発信ツール。先生自らが発信しているので説得力がある

―――生成AIの今後の活用について、どうお考えですか。

大機 全国的に生成AIを使い始めて実証している段階だと思います。堺市では今現在子どもは使えない環境ですが、使えるようになるのが楽しみな反面、親の同意や情報モラルを含めた、しっかりとしたプログラムが必要だろうとも思います。大人でさえ迷っている段階ですから、みんなで知恵を出し合って研究する必要があるでしょう。

――生成AIをこれから使おうという方にアドバイスがあればお願いします。

大機 生成AIは優秀なアシスタントではありますが、こちらから仕事を与えないと反応しません。とにかく使ってみないと始まらないので、まずはネットサーフィンの代わりに生成AIに聞いてみる、という置き換えから少しずつ始めるといいでしょう。試して使い方が見えてくると、新しい使い方がどんどん増えていきます。可能性は無限大です。