課題解決の総合的な能力を鍛える
――マイクロソフト認定教育イノベーター(MIEE※)を取得された理由と、STEAM教育の意義について、お考えをお聞かせください。
※MIEE(Microsoft Innovative Educator Expert)とは、教育現場でマイクロソフトのツールを活用している先生をはじめとした教育者への認定制度。
小口 私は文部科学省主導の「GIGAスクール構想」が始まったとき、学校全体のICT活動のけん引役を頼まれました。元々ICTは好きな方でしたが、こどもたちに教えるとなると、偏った知識ではいけません。自分の知識やスキルを再確認するため、MIEEの認定を取得しました。
STEAM教育は、こどもたちが社会に出て自己実現を達成するために必要な力を付ける、またはその予行練習をする場になると考えています。学校教育は通常、教科に分かれていますが、社会課題にそのような区分は存在しません。過去に学んだあらゆる知識と経験を総合的に働かせ、解決していかなければならないのです。STEAM教育では、そういった総合力を養えると考えています。
また、これからの社会課題は、1人の力で解決できないものばかりです。一人ひとりが専門性を持ち寄り、チームとして協働していく必要があります。そういう能力を養うことも、STEAM教育の重要な目的です。
教育版Minecraftは、こうした要素を安全な場所で体験学習できることに、大きな意義があります。仮想空間ですからいくらでも失敗できますし、大人が見守りながら進めることができます。
――「教育版Minecraft」を知ったきっかけと、授業に導入された理由について教えてください。
小口 以前、娘が夢中になっていたことがあり、「こどもたちをこれだけ熱くさせる秘密は何だろう」と興味を持っていました。民間ボランティアの方がこどもたちにプログラミングを教えている教室では、Minecraftを教育に生かしていると聞き、見学に行きました。
そこでは、地元の小中学生がMinecraftで高度な作品を作っていました。表現したいものを作るため、本格的なプログラミング言語「Python」を自発的に学んだり、海外のプレーヤーとコミュニケーションを取るために自主的に英語を学んだりする子がいます。他県ではMinecraftをきっかけに、英検一級を取得した子もいると聞きました。
この熱意を教育のモチベーションに活かせたら、凄いことになる。私は半年ほどその教室に通い、こどもたちと一緒にMinecraftを体験しました。
――その後、Minecraftをどのように授業に取り入れましたか。
小口 さいたま市の中学校では、「STEAM TIME」という時間を設けています。「プログラミング的思考を育む内容」を年間3時間以上、「創造性を育むPBL(Project Based Learning:課題解決型学習)」を6時間以上取り組む。そんな枠組みで、STEAM教育を推進しています。
仮想空間の中でものづくりができるMinecraftの特徴を、授業にうまく取り込もうと考えました。まず、2022年に中学2年生の全生徒、4クラスの授業にMinecraftを導入しました。テーマは「仮想空間に中学校を再現し、これから入学してくる小学生や地域の方に学校生活の楽しさを伝える」です。Minecraftのワールド内に校舎を作り、ユーザーが学校生活を疑似体験できるようなコンテンツとなっています。制作を通して、学校を構造物として見直すことで新たな視点に気づいたり、チームで協力する実践を学びました。
その生徒たちが3年生になり、今度は修学旅行の事前学習をMinecraftで取り組みました。京都や奈良の名所を、仮想空間に再現します。テーマは「吟味と検証」です。
2年生で校舎を再現した時は、実際に校舎に行って情報を集め、写真を撮ることができました。しかし、3年生の取り組みは、事前学習です。金閣寺や清水寺を見に行くことはできません。そこで、本やインターネットで情報を収集することが、新しい挑戦となりました。
大量の情報がある中で、どの情報が必要で正しいのか、どう探すのが効率的なのか。班ごとに工夫して進めてもらいました。これが、先述したテーマの1つ、「吟味」です。そして、どうしても調べきれなかった部分や疑問を持った部分について、修学旅行に行った際に現地で確認してもらいました。これが「検証」です。自分たちの情報の集め方や採択の仕方は適切だったのか。問題解決の思考力(クリティカルシンキング)を伸ばせるような授業にしたいと考えました。
生徒同士で協力できる「メンター制度」を導入
――先生の授業は、生徒たちにどのような学びをもたらしたと思いますか。
小口 京都や奈良の有名建築物の情報は、検索すればすぐに出てきます。しかし、写真がどれも同じアングルだったりして、建物の内部や裏側の様子は、意外にわかりづらい。キーワードを足して詳しく検索したり、グループのメンバー各自が市役所や観光協会のサイトを調べ、集めた情報を擦り合わせ取捨選択するといった様子が見られました。表面的ではなく、より深く情報を探求する術を学べる環境を実現できています。
――Minecraftを授業に取り入れる際、苦労した点はありましたか。
小口 Minecraftに初めて触れた生徒もいましたが、PCの操作は他の授業でも教えていたので、大きな苦労はなかったと思います。
苦労するのは、こどもよりむしろ大人の方でしょう。当校の場合は幸いにして、教員は皆協力的でしたが、地域によっては、管理職の先生方や地域の保護者の理解を得るのに苦労する場合もあると思います。
まず私が指導案を作り、各教室の先生に配布しました。授業の進行は、生徒同士で協力し合える「メンター制度」で行いました。生徒の中から、「ミニ先生」になれる人を募集し、「メンター」という役割を与えます。事前に教員に配布したのと同じ指導案を渡し、授業の目的や班のメンバーとやってほしいリクエストを伝えました。メンターたちは班ごとにワールドを立ち上げたり、データを保存したり、具体的に作業を導き、教員は必要に応じてそれをサポートする形式を取りました。
――ハードウエアやOS、作業環境などで良かった点はありますか。
小口 教育版Minecraftは、校務端末のOffice標準ライセンスであるMicrosoft365 A3以上を持っていると、教員だけでなく児童生徒分全員がMinecraftを使うことができるのが良い点です。生徒の端末に自動的に配布されるような形で、Minecraftの環境をスムーズに活用することができました。さいたま市の教育委員会にはITに明るい方がいて、Minecraftの教育的価値もよく理解されていたのも助かりました。
生徒の端末がWindowsデバイスだった点も、非常に良かったと思います。ツール操作の習得には、それなりの労力と時間が必要です。せっかく授業時間を割くのなら、授業で得た操作スキルが授業外でも活かせるようにしたい。Windowsやツールは、高校や大学、社会に出てからも、どこかで必ず触れることになるので、授業で教えたことが無駄になりません。こどもたちに安心して取り組ませることができました。
「人にしか発揮できない力」を育む場になる
――先生ご自身は、今回のMinecraftの授業をどのように体験し、どんな感想を持たれましたか。
小口 やって良かったと思います。途中、何度もくじけそうになりましたが、こどもたちが熱意を持って取り組んでいる姿に励まされました。知識伝達型の一斉授業ではおとなしくしているタイプの生徒が、Minecraftの授業では積極的に行動している姿を何度も目にしました。
プライベートでMinecraftに慣れている生徒は、最初は自分のスキルを周囲に見せつけようとして、色々なやらかしをしていました。しかし、その気持ちがだんだん「自分のスキルをチームの課題解決に生かしたい」という方向に変わり、最後の振り返り記述では「他のメンバーができない所を自分ができてよかった」という内容に変化していました。毎回の授業後に取っていたアンケートでわかったことです。
チームに貢献できたことを、自身の喜びとして感じ取れたのでしょう。自分が得意なことをどう活かせば、皆の役に立てるのか。その子なりに考え行動した結果の変容だったのだと思います。嬉しいですね。
――今後は、STEAM教育をどのように生かしていくお考えですか。
小口 こどもたちが大きな関心を寄せているものをうまく利用して、モチベーション高く、自発的、自律的に学べる環境を作っていきたいと思います。
AI(人工知能)なしに未来を語ることはできない時代ですから、学校教育もAIとの関わりを考えていく必要があるでしょう。STEAM教育は「人にしか発揮できない力」を育む場として重要になっていくと考えます。
フェイクに騙されない「吟味する力」も生徒たちに備えてもらいたいです。小中学生の発達段階から、日常の学校生活や授業で「賢い友人」としてAIと付き合い、その成り立ちや癖など、全てを感覚として身につけてほしいと願っています。