海外に遅れを取っている日本のSTEAM
わか子:失礼します! 校長先生、今お時間よろしいですか?
校長:おっ、わか子先生。どうかしましたか?
わか子:STEAM教育について少しずつですが、勉強したんです。STEAM教育がどのような教育手法で、なぜ必要かについてはほかの先生方にも校内研修で説明できるようになったのですが、やはり一番大事なのはそれをいかに実際の授業に落とし込むかですよね。何かアドバイスをいただけませんか?
校長:さすが、わか子先生。アイデアは形にしないと意味がありません。とはいえ、確かに思いつきで進めるのはよくありませんから、実際に進めるにあたっては我が校が目指すSTEAM教育の形をしっかりと描いて、学校全体で共通理解・合意形成をしておく必要があるでしょうね。
わか子:はい。ただ、いったいどこから手をつけていいのやら…。
校長:日本のSTEAM教育は海外と比べると遅れをとっていて、まだ始まったばかり。確固とした方法論が定着しているわけではないので悩むのも当然です。私も手探り状態ですので、一緒に考えていきましょう。
わか子:調べてみると、アメリカでは2000年代早々に国家戦略として取り組みがスタートしているんですね。今では産学連携の取り組みや州レベルでの後押しも進んでいますし、「PLTW(Project Lead the Way)」という非営利団体は、中学・高校を対象にすでに50州すべてにわたる4700校以上で、5200件を超えるSTEM教育カリキュラムプログラムを提供しているそうです。
校長:アメリカはSTEM教育提唱国ですから、はるか先を行っています。また、シンガポールでは「サイエンスセンター」という政府直属のSTEM教育機関があり、2014年には「STEM Inc」を設立してすべての中学生へ向けたSTEM教育プログラムを提供しているそうです。数学やITなどの理系教育に注力しているインドでも、6~18歳の児童・生徒を対象としたプロジェクト「Rashtriya Avishkar Abhiyan」を2015年から開始しているようですね。
わか子:お隣の韓国でも、2011年頃から教育カリキュラムを改定して、STEAM教育を中心的な政策としているとネットの記事で読みました。こうした海外のいち早い取り組みを知ると、日本でもこれ以上遅れはとっていられないと強く実感します。
校長:我が校で本格的に取り組みを開始したいのも、そうした焦りがあるからです。すでに海外ではSTEAM教育の学びを得た子どもたちが世の中に出てどんどん活躍しているのですから。
わか子:そうですよね、日本の国際競争力の強化や科学技術の発展という観点からもとても大事な問題です。
校長:我が校のSTEAM教育の在り方を決めるうえで、もちろん海外のSTEAM教育から学ぶことも大切ですが、その前にまずは日本政府がSTEAM教育をどのように推進しているのか、それを確認してみてはどうでしょうか。そこからヒントや課題などが浮かび上がってくると思いますよ。
わか子:わかりました!
文部科学省が掲げるSTEAM教育の目的
わか子:なんとなく見えてきたわ。あっ、はやお先生とひろと先生、ちょっと時間ある?STEAM教育についてなんだけど…。
はやお:大丈夫ですよ。僕もこの前にわか子先生から話を聞いて、自分なりにいろいろと調べてみたので、ちょうどお話ししたかったところです。さぁ、ひろと先生も早く座って、座って。
わか子:STEAM教育を実践するにあたって、日本の現状や課題について知ることが大事だと校長先生に言われたから調べてみたの。まず、文部科学省が公開する「STEAM教育等の各教科等横断的な学習の推進」というホームページではこのように書かれているわ。
STEAM教育等の各教科等横断的な学習の推進について
AIやIoTなどの急速な技術の進展により社会が激しく変化し、多様な課題が生じている今日、文系・理系といった枠にとらわれず、各教科等の学びを基盤としつつ、様々な情報を活用しながらそれを統合し、課題の発見・解決や社会的な価値の創造に結び付けていく資質・能力の育成が求められています。
文部科学省では、STEM(Science, Technology, Engineering, Mathematics)に加え、芸術、文化、生活、経済、法律、政治、倫理等を含めた広い範囲でAを定義し、各教科等での学習を実社会での問題発見・解決に生かしていくための教科等横断的な学習を推進しています。
URL:https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/mext_01592.html
ひろと:あれ、STEAMのAは「芸術やリベラルアーツ」じゃなかったっけ?
はやお:これを読むと、日本ではArtをより広く定義しているようだね。
わか子:このホームページからは詳しい資料(「STEAM教育等の各教科等横断的な学習の推進について)」をPDFでダウンロードできるんだけど、そこではSTEAM教育の目的は①「科学・技術分野の経済的成長や革新・創造に特化した人材育成」、②「STEAM分野が複雑に関係する現代社会に生きる市民の育成」が掲げられていて、このように説明されているわ。
(STEAM教育は)各教科等の知識・技能等を活用することを通じた問題解決を行うものであることから,課題の選択や進め方によっては生徒の強力な学ぶ動機付けにもなる。一方で,STEAM教育を推進する上では,多様な生徒の実態を踏まえる必要がある。科学技術分野に特化した人材育成の側面のみに着目してSTEAM教育を推進すると,例えば,学習に困難を抱える生徒が在籍する学校においては実施することが難しい場合も考えられ,学校間の格差を拡大する可能性が懸念される。教科等横断的な学習を充実することは学習意欲に課題のある生徒たちにこそ非常に重要であり,生徒の能力や関心に応じたSTEAM教育を推進する必要がある。
このためSTEAMの各分野が複雑に関係する現代社会に生きる市⺠として必要となる資質・能力の育成を志向するSTEAM教育の側面に着目し,STEAMのAの範囲を芸術,文化のみならず,生活,経済,法律,政治,倫理等を含めた広い範囲 (Liberal Arts) で定義し,推進することが重要である。
はやお:「STEAM分野が複雑に関係する現代社会に生きる市民の育成」のためにも、「A」を芸術やリベラルアーツのみならず、生活や経済、法律、政治、倫理等を含めた広い範囲で定義しているんだ。
わか子:STEAM教育の定義は国によって異なるし、それをどう解釈するかは人によって異なるから、このあたりはネットでもさまざまな議論があるわ。だから、学校としてもSTEAM教育をどう捉えるかは今一度しっかりと考えるべきね。
「総合的な学習の時間」や「総合的な探究の時間」が抱える課題
ひろと:そもそも日本ではいつからSTEAM教育を推進するようになったのでしょうか?
わか子:人によって見方は異なるけど、2018年6月に文部科学省が発表した「Society 5.0に向けた人材育成 ~社会が変わる、学びが変わる~」で、高等学校時代に「思考の基盤となるSTEAM教育を、すべての生徒に学ばせる必要がある」とされたのが大きなきっかけだと思うわ。そしてその後、2019年1月に発表された「今後の教育課程の改善について」という文書で、STEAM教育を推進するために「総合的な学習の時間」や「総合的な探究の時間」、「理数探究」等における課題解決的な学習活動の充実を図ることが明言されたの。
はやお:そうした経過を経て、2020年度から改定された学習指導要領で小学校ではプログラミング教育が必修科目になっていて、小学校・中学校では「総合的な学習の時間」、高校では「総合的な探究の時間」として探求学習が実施されるようになったんだ。
ひろと:なるほど、我が校でも「総合的な学習の時間」ですでにSTEAM教育の視点は取り入れているんですね。
わか子:そうね。ただ、「総合的な学習の時間」や「総合的な探究の時間」を利用してSTEAM教育を本格的に実施できている学校はまだ少ないというのが現状ね。高等教育においては「スーパーサイエンスハイスクール(SSH)」があったり、サイエンス甲子園が実施されたり、教育委員会によっては「STEAM教育実践モデル校」を指定していたりするけれど、学習指導要領の改訂で探究や総合学習を重視する傾向が強まったことを受けてSTEAM教育に取り組む学校が増えていくのはこれからだと思うわ。
はやお:我が校でも主に社会や環境をテーマにした課題学習やプログラミングの授業は行っているけれど、それ以外の教科に関してはまだまだだし、教科横断的な学習は実現できていないよね。それに、探究学習では①課題の設定、②情報の収集、③整理・分析、④まとめ・表現というプロセスが重視されるけど、すべてうまくできているかといったら考えさせられる点も多いよ。
わか子:先ほどの「STEAM教育等の教科等横断的な学習の推進について」でも、総合的な学習の時間の成果が報告されている一方で、このような課題が指摘されているわ。
一つ目は、総合的な学習の時間で育成する資質・能力についての視点である。総合的な学習の時間を通してどのような資質・能力を育成するのかということや、総合的な学習の時間と各教科等との関連を明らかにするということについては学校により差がある。これまで以上に総合的な学習の時間と各教科等の相互の関わりを意識しながら、学校全体で育てたい資質・能力に対応したカリキュラム・マネジメントが行われるようにすることが求められている。
二つ目は、探究のプロセスに関する視点である。探究プロセスの中でも「整理・分析」「まとめ・表現」に対する取組が十分ではないという課題がある。探究のプロセスを通じた一人一人の資質・能力の向上をより一層意識することが求められる。
三つ目は、高等学校における総合的な学習の時間の更なる充実という視点である。地域の活性化につながるような事例が生まれている一方で、本来の趣旨を実現できていない学校もあり、小・中学校の取組の成果の上に高等学校にふさわしい実践が十分展開されているとは言えない状況にある。
URL:https://www.mext.go.jp/content/20220518-mxt_new-cs01-000016477_00001.pdf
見えてきた!STEAM教育で目指す形
ひろと:なるほど、こうした課題がすでにある中で、どのようにSTEAM教育に取り組んでいくか…。考えさせられることが多いなぁ。
はやお:GIGAスクール端末が導入されたことで、一人ひとりに個別最適化された学びが可能になり、STEAM教育を実践する環境は整っているよね。そして、すでに行っている探究的な学習でも活用することで、子どもたちの情報活用能力や課題発見・解決能力は高まっている。それに、プログラミングの授業においても、プログラミング的な思考(論理的思考力)や創造的な表現力も高められていると思う。だから、STEAM教育を本格的に取り入れるうえでは、そうしたことをベースに発展させていくことになるんじゃないかな。
わか子:確かに、そうね。STEAM教育を推進する文部科学省もステップを踏んで段階的に取り組むことを重視して、まずはプログラミングや「総合的な学習の時間」「総合的な探究の時間」を導入したんだと思う。だから、これからは、探究学習で発見した課題を「どのように学問横断的に解決していくか」が重要で、それを実践するのがSTEAM教育なんだと思う。
はやお:そうなると、文部科学省が指摘していたように、学校としてどんな資質や能力を育成したいのかというSTEAM教育の目的に加えて、どんな授業を行うのかがやはり鍵になってくるよね。そして、そのためには学校や教員がどのように授業をデザインするのか、つまり探究学習や課題解決型学習(PBL)を行ううえでどのように教科横断的なカリキュラム・マネジメントするのかが一番大事だね。
わか子:そのとおりね。それに、STEAM教育の導入が日本で遅れている理由としては、「ICT活用の遅れ」や「指導できる先生の不足」「家庭や地域による格差」「理数に対する生徒の苦手意識」なども指摘されているので、一つひとつの課題と向き合いながら解決策を探っていく必要があるわ。
ひろと:うわ〜、わか子先生、本当に大変だなぁ。
はやお:すでにSTEAM教育を実践している学校はないんですかね。「芸術は模倣から」という言葉じゃないけど、参考にしてみたらどうですか。
わか子:いい案ね。いったいどのような授業をしているのか、すごく気になる。
【次回予告】
日本におけるSTEAM教育の現状と課題について理解したわか子先生。STEAM教育を実践するにあたって、その目的をしっかりと定め、GIGAスクール端末の導入や探究学習を通して行ってきたことをベースに、「課題をどのように学問横断的に解決するか」というアウトプットの部分を重視して学校や教員が授業をデザインしていくかことが大切だと気づきました。次回は、STEAM教育実践校を視察しに行きます。