はじめに

令和元年12月に国が提唱した全国の児童生徒1人に1台のコンピューター(学習者用端末)と高速ネットワークを整備するGIGAスクール構想により学習者用端末の普及が始まった。

今回は、まだまだ十分に活用しきれていない学校も多い中で、積極的な学習者用端末活用に動いている河内長野市教育委員会にインタビューを実施した。

全国で3番目に教育立志宣言をした河内長野市では、2009年に政府が経済危機対策として打ち出した「学校の学習者用端末実用化を目指す」スクールニューディール構想にも積極的に取り組み、各教室へのプロジェクターや大型テレビの設置、教員用 PC の導入を進めた。当時の設備は 学習者用端末活用の土壌ともなったという。その後も、スクールニューディール構想の更新にて、教員用PCのタブレット化や、児童生徒が数人で1台の協働学習用PCを各小中学校に整備する等、積極的な整備と活用を進めてきた。

今回は、インタビューを通じて導入時の課題や導入後の活用を進めるための方法、そして将来像についてレポートする。

学習者用端末の導入にあたって課題となっていたこと

河野長野市では、学習者用端末の導入にあたってどのようなことが課題となっていたのだろうか。

ここでは、インタビューによって明らかになった2つの課題について紹介する。

・ネットワーク環境の整備
学習者用端末の導入にあたり、直面した課題のひとつは「ネットワーク環境の整備」であった。

GIGAスクール構想が提唱された当時は、教員用のPC、パソコン教室用PC、協働学習用PC等が、快適に使えるネットワーク環境があれば事足りていたが、当時のネットワーク環境では学習者用端末の使用に耐えうるものではなかった。

そのため、ネットワーク環境の整備が急務となっていた。

・教員の IT リテラシー不足
ネットワーク環境のほかにも「教員の IT リテラシー」も課題となっている。

従来使用していたWindowsのPCの操作方法は問題なくとも、新たに導入を検討しているタブレット型PCなどの操作方法に不安がある教員も少なくなかった。そのため活用方法を含め、どのように教員ITリテラシーを向上していくかが課題となっていた。

学習者用端末の活用にあたって留意したこと

前章のような課題を解消し、学習者用端末を活用していくために、どのようなことに留意したのかについて紹介する。

・“LBO” を活用して教員や児童生徒全員が快適にネットワークを使える環境を整備
1人1台の端末を快適に使えるネットワーク環境を構築するために、河内長野市教育委員会はLBO ( Local Break Out:ローカルブレイクアウト)を活用したネットワーク環境の構築に乗り出した。

LBOはセンター集約の回線は残しつつ、学習系など特定の通信を学校から直接インターネットに接続する構成であり、方法としては、児童生徒の端末をすべて直接インターネットに接続する方法や、OSのアップデートや動画視聴、帯域やセッション数に負荷がかかる通信のみを直接インターネットに接続する方法がある。

直接インターネットに接続するため、学校個別接続と同様に、UTM(*1)やファイアウォールなどを設置し、セキュリティの確保を行う必要がある。

全児童生徒がインターネットを活用し、授業を行なうとなるとそのトラフィックは膨大なものとなり、帯域不足による遅延が発生してしまうことがある。効率的な授業を行うためにこれらに耐えうる帯域幅を確保したネットワーク環境を構築するとなると莫大なコストがかかってしまうが、LBOによって一定のトラフィックを直接インターネットに流すことができれば、コストを抑えつつ、快適なネットワーク環境が構築できる。

上記施策を講じ、令和2年の10月には河内長野市内全ての学校でネットワーク環境の整備が完了した。

*1 UTM:複数の異なるセキュリティ機能を集約して運用するネットワークセキュリティ対策のことを指す。

・端末の選定で重視したポイントは「操作性」と「起動の速さ」
端末は「操作性」と「起動の速さ」を重視し、選定を行い、Chromebook™ を導入した。

導入の決め手となったのは、教員も扱いなれている Windowsに操作性が近いことや起動を含め、スムーズに動作することだ。また、府立高校の授業で Google Workspace を活用していくことが早々に決まり、Google Workspace と親和性の高いChromebook の活用が有効的であったことも一つの要因としてあったという。

学習者用端末活用に向けた工夫や取り組み

学習者用端末の活用は環境や端末を揃えば成功するものではない。
河内長野市では学習者用端末活用を進めるために教員に対する研修や学習者用端末活用の事例集を用意するなどの取り組みを実施している。

以下ではそれぞれの取り組みや工夫について紹介する。

・Kickstart Program を利用した教員の IT リテラシーの向上
教員のリテラシーを向上し、学習や校務で学習者用端末を活用していけるようになるために Google の Kickstart Program 研修を実施した。

Kickstart Program は、学習者用端末を Chromebook で導入した自治体向けに Google が実施している研修で、基礎的なことを学べる動画研修や Google 認定資格を持った講師が実機を用いたアプリの集合研修などを行う。河内長野市では、動画研修にはほとんどの教員が参加し、集合研修には各校の学習者用端末活用担当の教員のほかにも多くの教員が参加し、その割合は各校の3人に1人にものぼった。

研修を受講することで端末やアプリの使い方、授業への活用方法などさまざまな知識を身につけることができ教員の ITリテラシー向上に貢献した。

また、上記研修のほかにも定期的に部会のような形で教員が集まり、授業への活用方法を共有しあう場を設けるなど、学習者用端末活用を促す場を設けることで、活用の土台を作っていったという。

・実践事例集を用意し、市内限定の教員用サイトで公開
学習者用端末活用を継続的かつ効果的に行っていくためにも、活用事例の共有を行っていくべきとの考えから、Google の Google サイト™ を活用して、市内限定の教員サイトを作成し、教員が学習者用端末をどのように運用しているかの事例をまとめ、活用を促している。

以下では活用事例の一部を紹介する。

事例①:(理科)
Chromebook の Google Jamborad™ & カメラ機能を使い、児童がゴムで動く車について、ゴムをどのように使えば、より遠くまで動かせるが実験を行う授業で、Chromebook のカメラ機能を使い、実験の様子を撮影し、事前に教員より配布された Google Jamborad のデータへ必要な情報を入力する。

最後に、Google フォーム™ にて全児童の実験結果を集約して、共有するといった授業を行っている。

事例②:(生活)
あさがおの様子を観察し記録する授業で、学習者用端末のカメラ機能を使い、自分が育てたあさがおの写真を撮影し、自分で撮った写真を見ながら観察シートに記録する。

写真を活用することで、落ち着いて教室内で観察することができることや拡大機能などを用いてより細かな部分まで観察できることを狙いとした授業。

教育効果の向上だけでなく、教員の校務軽減効果にも期待

河内長野市では学習者用端末活用による教育効果の向上だけでなく、校務の軽減効果にも期待しているという。

・校務軽減
学習者用端末活用によって軽減できる校務として、ノートチェックが挙げられる。
従来は紙ベースのノートを回収し、確認するという手順が取られていたが、学習者用端末を活用すればノートを回収する時間を削減することができる。

・1つのひな型を共有した授業の実施
1人の教員が有用なテンプレートを作成した際に、教員内で共有することで教材作成の時間や教材研究の時間も大幅に削減できることが見込まれている。従来はアナログで作成した教材を共有する文化が無かったが、学習者用端末活用により共有する文化が根付いてきている傾向にあるという。

アナログとデジタルツールの”ベストミックス”を目指して

河内長野市では、教育効果を高めるためにすべてをデジタル化すればよいわけではないとして、アナログとデジタルのベストミックスを模索している。学習者用端末を活用した今後の展望については「双方向型の学習環境の整備」と「多忙な教員の負担軽減」があるという。

・双方向型の学習環境の
コロナ禍で「学びの補償」をどうやっていくかが問われるなか、現状では持ち帰り学習を進めているが、持ち帰り用教材の作成などが教員の負担となっている。
家庭のネットワーク環境の整備をはじめとした諸課題もあるが、家庭と学校で双方向に学習ができる環境が整えば、こういった負担も軽減され、教育効果の向上も見込めるとして環境の整備を進めていく予定であるという。

・多忙な教員の負担軽減
教員の負担を低減することが学習者用端末活用の促進につながるとして、教員たちに負担の無い形で授業に学習者用端末を活用できるような形を模索し続けている。そのためにも先述の実践事例のような情報集約や公開を積極的に行っていきたいと意気込みを語ってくれた。

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