
デジタルがリアルな学びを深める、教材研究が大切
2016年から端末活用を進めてきた戸田市。戸ヶ﨑氏は同市が掲げる教育改革の4つのコンセプトを説明しつつ、これまでの取組を紹介した。教室のICT環境整備や子どもたちが本物に触れられる「STEAM Lab」の設置、100を超える産官学連携や学校の働き方改革など、戸ヶ﨑氏のリーダシップのもと進められた教育改革は多岐にわたる。
また早くから「経験と勘と気合い(3K)から客観的な根拠への船出」及び「授業や生徒指導等を科学する」という考えのもと、教師の指導技術や生徒指導を科学的に分析。教育DXに必須だと言われるデータ利活用にも力を入れてきた。

戸ヶ﨑氏は、「子どもたちが出ていく社会を教師が知ろうとしないのは極めて不誠実である。変化する社会の動きを教室の中に取り入れていくことにこだわり、取組を進めてきた」と語った。
現場では、変革にチャレンジする教師を増やすために「凡庸な90点よりも夢のある60点を取るために取り組んでほしい」と後押ししてきたという。

そんな戸田市は令和6年度より、さらなる教育DXの推進をめざして「学びのDX」「校務のDX」「教育行政のDX」「生涯学習のDX」と4観点に分けて取組を強化。
これに合わせて組織体制を充実させるべく、新たに「戸田市教育DX化プロジェクトチーム」を結成し、教育部長直下に設置した。

この中でも「学びのDX」について、他自治体に先行して端末を積極的に活用する中で、度々デジタルとリアルの二項対立が起きることがあったという。昨年末の中教審の新指導要領諮問でもこの点が触れられており、戸ヶ﨑氏は「デジタルの力でリアルの学びを支えるという考え方が重要」とし、そのため「究極的には教材研究が大事である」と強調した。
また教師が教材研究を行うためには、「校務DX」を進めることも必須だ。戸田市では、チーム学校運営委員会を通して「可視化WG」「共有化WG」「効率化WG」を設置。課題の洗い出しからスタートし、なかには、「書類の枚数や重さを調べるところから始めた」など気の遠くなる作業を重ねていったという。

働き方改革において戸ヶ﨑氏が効果的な施策だったと挙げたのは、ネットワークを一元化し教師用端末を1台にしたことだ。これによって教師は必要に応じてテレワークが可能になり、自宅からでも安全に校務支援システムへアクセスできるようになった。
さらに「教育行政のDX」の重要なポイントとして戸ヶ﨑氏は「産官学連携」の重要性も触れた。戸田市では100を超える産官学連携を実施しているが「ほとんど予算がかかっていない」という。この点について会場から「各学校がどのように産官学連携を進めているのか」と質問があり、戸ヶ﨑氏は、企業担当者が校長会でプレゼンテーションを行い、希望する校長と企業をマッチングする仕組みを紹介。戸ヶ﨑氏は「当初はどことも連携していなかった。現在のように多くの産官学と連携できたのは、ダイワボウ情報システム株式会社などの企業にハブとなっていただき、パートナーの輪が広がったからだ」と述べた。
子ども一人ひとりの学びの質を軸足に
続いて、熊本県高森町の古庄氏が登壇した。

高森町は人口約6,000人の小さな自治体であるが、古庄氏は「学校・教育委員会・行政が一体となり、機動力を活かしたスピード感で教育改革に取り組んでいるのが特徴だ」と語る。
ICT環境整備への着手も早く、平成24年(2012年)に「高森町新教育プラン」を策定し、ダイワボウ情報システムの協力のもとスクール・イノベーション・プロジェクトを実施。以来、12年以上にわたり、町を挙げて国や県の研究事業、産官学連携を進めてきた。

こうした教育DXを推進するために、高森町では組織体制も強化している。特徴的なのは、外部有識者や県教育委員会と連携し、各学校に「学校CIO・CISO(校長)」を中心とする教育研究会を設置していること。教育研究会と有識者がつながり継続的に支援する体制を築いている。

高森町は「コミュニティ・スクールを基盤とした小中一貫教育・ふるさと教育」を重点政策に掲げ、地域と学校が連携した探究的な学びを深化させていることも特徴だ。たとえば、生徒発の「夢応援プロジェクト」では、高齢者向けeスポーツの導入が提案され、議会や教育委員会の後押しを受けてプロジェクトが始動。企業担当者やICT支援員、町のCIO補佐官などの協力を得て、町内51か所の公民館すべてに高齢者向けeスポーツ環境を整備した。現在、これらの施設は高齢者の集いの場となり、生徒の探究学習が実社会と結びついた好例となった。
高森町の継続的な取組は、卒業後の学びにも効果をもたらしている。令和5年度に成人を迎えた卒業生へのアンケートでは、「高森町で受けたICT教育が役立ったことがあるか」という質問に対し、96%が「大いにある」「ある」と回答。具体的な効果として、「タイピング能力」「機器の操作方法」「プレゼンテーション能力」が上位に挙げられた。

古庄氏はさらに、高森町の令和7年度(2025年度)からの高森町新教育プランについても触れ、高森型探究学習の再構築に力を入れると述べた。「言葉が独り歩きして表面的な学びになっていないかと常に自省し、流行の手法に飛びつくだけでなく子ども一人ひとりの学びの質を軸足に据えることが大切だ」と強調した。

一方、高森町では働き方改革にも注力しており、なかでも特別免許状制度による地域人材の活用に取り組む。例えば、英語教育では特別免許状を取得した地域人材が内容言語統合型学習(CLIL)の手法を取り入れた授業を担当。これにより、担任教師はその時間帯に事務作業を行ったり、授業を共に参観して学んだりする余裕が生まれてくるという。
また各校に配置されたICT支援員や教員業務支援員(スクール・サポート・スタッフ)は、事務作業の負担軽減に貢献している。さらに、公設民営型の教育支援センターの設置・拡充にも取り組み、不登校傾向の児童生徒や特別な支援が必要な子どもの受け入れ拠点とすることで、学校の負担軽減につなげるとしている。
型や方法にとらわれ、学びの空洞化が起きていないか?
戸ヶ﨑氏と古庄氏による発表後は、山本氏の進行でディスカッションが行われた。まず、山本氏は古庄氏に対し、情報端末を効果的に活用するための工夫について質問した。古庄氏は、最近参観した小学校6年生の授業を挙げ、授業のまとめで、多くの児童が1人1台端末を使う中、一部の児童は「ノートに書く方が考えを整理しやすい」という理由で紙のノートにまとめていた。子どもたちがデジタルとアナログを主体的に使い分け、自分にとって最適な学びの方法を選択できることを工夫点として挙げた。

続いて、山本氏は戸ヶ﨑氏に対して、「特定の型やメソッド、方法論にこだわってしまうと結果として”学びの空洞化”が起きてしまうケースが見られるのではないか」という問いを投げた。

これに対し、戸ヶ﨑氏は「ICTはマストアイテム化し、保護者からの評価される学校を訪問しても、子どもの学びが深くなっているとは限らず、きらびやかさが増していると感じることがあった」とコメント。また、「PBLを始める時も、何々メソッドや何々方式といった手法に関心が向き、教材の本質が見落とされるケースもある。学びの深さを追求するためには、教材研究が不可欠であり、教材を深く見つめ、教材そのもので勝負できるようにならないと、新しい手法が登場しても深い学びにはならないのではないか」と述べた。
山本氏は「Next GIGA」の時代には、単なる効率化ではなく、学びの質の向上が重要であると強調した。「特に効果的という言葉がしばしば使われるが、その真の意味を考え、子ども主体の学びや自己決定、自己調整をどう支援するかが問われている」と指摘した。例えば、子ども自身が計画し、試行錯誤しながら学ぶことが本当の探究学習であり、それが実現できているかどうかが重要になってくるというのだ。「学びの質的な向上を実現するには、教員の授業力の向上が不可欠であり、そのためには教材研究が重要。単に授業をこなすのではなく、教材を深く理解し、子どもたちにどのような学習材を提供するのかを精査することが求められる」と述べた。

また、2つの自治体で共通して取り組んでいた「産官学連携」の重要性についても言及。教育DXを推進する上で、外部リソースを積極的に活用し、企業や研究機関と協力することが有効な手段であることを強調し、セミナーを締め括った。
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九州教育情報化セミナー「鼎談」記事 (PDF 2.68 MB)
九州教育情報化セミナー2025春リーフレット (PDF 581 KB)