実践事例:その3
教員への普及から始まった兵庫高校のSTEAMの学び

課題解決能力を育むSTEAM教育実践の場をどう作るか 高等学校事例

2023年8月8日、グランフロント大阪北館で開催された教育関係者向けセミナー「School Innovation セミナー in 関西」。教育関係者が数多く参加した本セミナーリポートの後編をお届けする。前編で予告した通り、後編ではSTEAM教育の高校における実践発表と、全国でSTEAM教育を始めとした先端教育や実証研究に携わる有識者による鼎談をリポートしていく

STEAM教育の可能性
~小中高における実践事例~

「STEAM教育の可能性~小中高における実践事例~」の実践発表における高校の事例として紹介されたのが兵庫県立兵庫高等学校(以下、兵庫高校)だ。

兵庫高校は文部科学省やユネスコなどから指定事業や助成事業を受け、研究活動を進めている。兵庫県教育委員会からはSTEAM教育実践モデル校事業の指定校に指定されており、2020~2022年の3年間にわたってSTEAM教育に取り組んできた。

「2020年度に県教育委員会から指定を受けましたが、当時は『STEAM教育ってそもそも何?』というところからスタートしました。そこでまずは教員への普及に取り組むと同時に、探究活動メインに学びを進めている創造科学科を中心に、STEAM教育をスタートしました」と語るのは、兵庫高校 教諭の波部義広氏。

1年目は教員の知見を深めるため、1カ月に2回、就業後に有志教員による意見交換会として「ひょうごサロン」を開催。最新機器の紹介や実践事例、省庁資料の紹介などを行った。また地元の世界最先端を体感するフィールドワークとして「KOBE研修」を実施。医療、情報、ロボットの観点から地元の最先端の企業や団体の取り組みを視察した。一方で教員にこれらの取り組みがなかなか広がらないという課題が生じたことから、STEAM教育実践モデル校事業の2年目には「STEAM教育推進係」を立ち上げ、各教科から1名代表を集めて授業でのSTEAM教育普及に取り組んだという。

「本事業の3年目では持続可能なSTEAM教育実践の形を目指し、普通科での探究授業へのSTEAM教育の取り入れと、生徒が自走してSTEAM教育に取り組むため、1年生の一部の生徒に『STEAM係』という役割を持たせました。本校のSTEAM機器を活用してもらいながら、STEAM教育の普及推進に取り組んでもらっています」と、同校 教諭の望月翔平氏は語った。

実践事例:その4
生徒が主体となってSTEAM教育を広げていくSTEAM係の役割とは

兵庫高校の実践事例では、実際に同校のSTEAM係を務める生徒も登壇し、同校のSTEAM教育への取り組みを語ってくれた。

登壇した生徒は「兵庫高校は自由な校風で、非常に人気が高い学校です。STEAM係の活動の自由度も高く、生徒が主体となって月1回のミーティングを行いながら、いくつかの班に分かれて活動を進めています」と語る、STEAM係は現在、1年生が16人、2年生が5人の合計21人で活動しているという。

活動内容の例として、7月に実施したSTEAM講座を挙げた。「兵庫高校は、校内にドローンや3Dプリンターといった先端技術製品が整備されています。これらを選び、他の生徒たちに紹介して体験させるという講座です。この講座では普段なかなか触れることができない先端技術製品を体験することで、好奇心を刺激できます。こうした体験によって、将来の自分の選択肢をさらに広げたり、さまざまな課題を解決するための技術的な視野を獲得したりすることに繋げられるのです」と語る。

STEAM講座の中では、教員に対する講義も実施した。授業の中でPowerPointを使うメリットやデメリット、教室に設置されたプロジェクターの操作方法などを解説すると同時に、教員自身に実際にPowerPointを使い、教材を作成してもらったという。10月の学校説明会では、兵庫高校を志望する中学生や保護者に向けて、STEAM教育の概要やSTEAM係のプレゼンテーションを実施するなど、その幅広い活動を語ってくれた。

鼎談①
STEAM教育でコンピューター教室に生まれた新たな価値

柏市教育委員会 教育研究専門 アドバイザー 西田光昭氏 冒頭挨拶

「STEAM教育実現に向けて~教育活動や環境整備をどのように進めるか~」と題した鼎談に登壇したのは、柏市教育委員会 教育研究専門 アドバイザーの西田光昭氏、日本管理者支援機構 代表理事 藪上憲二氏、ダイワボウ情報システム 教育ICT推進グループ シニアアドバイザー 竹元賢治氏だ。

本鼎談のファシリテーターを務めた西田氏は、小学校教員を経験した過去と、柏市教育委員会のアドバイザーを行う現在の立場から、STEAM教育実現に向けた一人一台端末環境の現在地と今後の可能性を共有した。

日本管理者支援機構 代表理事 藪上憲二氏

西田氏の講演を受けた藪上氏は、元教育委員会事務局の一般行政職員であった視点から、STEAM教育の定義とそれを実現するためのコンピューター教室の在り方について提示された。

GIGAスクール構想によって一人一台端末の整備が進んだ一方で、既存のコンピューター教室の多くが廃止された一方で、文部科学省からは2022年12月19日に「GIGAスクール構想に基づく一人一台端末環境下でのコンピューター教室の在り方について」という通知が公表されている。

この通知の要点を藪上氏は「マイコンボードやスキャナーを接続して行う実習授業では、既存の一人一台端末では対応が難しく、コンピューター教室の活用が望ましいと記載されています。またグループ活動が可能な自由度の高い環境や3Dプリンターが活用できるファブスペースの整備も求められています」と提示し、STEAM教育に対応した、新しいコンピューター教室の形が求められていることが提示された。

ダイワボウ情報システム 教育ICT推進グループ シニアアドバイザー 竹元賢治氏

その新しいコンピューター教室の形として、「STEAM Lab」を紹介したのが竹元氏だ。2023年2月までインテルに所属しており、現在は独立しDISの教育ICT推進グループのシニアアドバイザーを務めている同氏は、埼玉県戸田市が整備したSTEAM Labを紹介し「インテルがDISを始めとしたパートナー企業と連携して2021年6月に整備したSTEAM Labは教育業界の評価が高く、現在も毎日のように自治体や学校からの視察が来ていると聞きます。今年の2月には岸田総理も視察に訪れており、その関心の高さが窺えるでしょう」と語った。

実際の授業例として、小学生が医療従事者に感謝のメダルを教育用CADソフトと3Dプリンターを組み合わせて制作し渡すといった学習活動が紹介された。竹元氏は「教育用CADソフトの操作は簡単で、子どもにとっては、デジタル上の粘土細工のようなもの」と指摘した。

鼎談②
課題解決型の学びを支援する環境として求められるSTEAM Lab

鼎談の中で議題に上がった「STEAM教育はなぜ必要? 小学生から必要なの?」という問いに対して、藪上氏は「単純な知識は検索すれば出てくる現在において、それらの知識を有機的に繋げたり、論理的に考えたりする力がもとめられています。そうした力を養う上で、STEAMの学びは非常に重要と言えるでしょう。特に実践事例で講演されていた兵庫高校の生徒のような力を身につけるには、小さい頃からの積み重ねが必要となるため、小学校3年生くらいからSTEAM教育に取り組むことが重要となるでしょう」と語る。

西田氏は「入試で直接評価されるわけではありませんが、STEAMの学びを実践している児童生徒の考え方は決して無駄ではなく、生きていく為の力になっています。1人1台端末の活用を進めた次のステップとして、STEAM Labのような新しいコンピューター教室の活用をさらに進めていく必要があるでしょう」と指摘。

その意見を受けて竹元氏は「本セミナーの前日に、千葉県の教育センターに設置されたアクティブ・ラーニング型研修ルームでワークショップ研修を実施したのですが、全員が前を向いた講義型の研修室と比較すると、圧倒的に後者の方が自然に話し合いを行っていました。課題解決型学習を行う上で、こうした教室環境は学校に必要でしょう。加えて、テクノロジーを課題解決の手段として活用・応用する学びを実践するのであれば、段階的に高性能なPCや3Dプリンターといった端末整備を進めることが必要になるでしょう」と語った。

鼎談のまとめとして西田氏は「学習指導要領で非常に重視されている課題解決型学習をどう進めていくか、特に進める上でテクノロジーやサイエンスをどう取り入れて行くかが今、重要な課題になっています。前述の学びを小学校の内から取り入れることが重視される一方で、その学びの環境であるコンピューター教室がなくなりつつあります。そこでぜひ、新たな子供たちの学びの環境としての、新しいこれからのコンピューター教室、アクティブラーニングルームと呼ぶのかもしれませんが、そうした新しい環境を作っていくことが、今後重要になっていくでしょう」と締めくくった。