山梨県立身延高等学校では、2019年度から Chromebook™ を活用し、授業での活用について実証研究を進めている。身延高等学校の実証研究内容のリポートからクラウドベースで使える Chromebook を学びに生かすメリットとその課題を見ていこう。

キャリア教育充実のためChromebook で ICT教育を目指す

全国で ICT 教育への取り組みが進んでいる。山梨県では「山梨県教育振興基本計画」における基本目標の中に、質の高い教育のための環境整備として「ICT 活用のための基本整備」を施策として掲げている。山梨県教育委員会では、今後県立学校に対してタブレット端末やノートPCの整備を進めていく方針だ。

山梨県の身延山の麓に位置する山梨県立身延高等学校(以下、身延高校)でも、2019年4月から Chromebook を活用した教育を実施している。同校は中高一貫教育を推進しており、2019年度からは身延高校と身延中学校および南部中学校が「連携型中高一貫教育校」の取り組みをスタートしている。これにあたり、学校環境の変革と、中高一貫教育に ICT を活かす取り組みを実現するべく、山梨県教育委員会から Chromebook での実証研究実施の提案があったことがきっかけとなった。

身延高校 校長(取材当時)の鈴木克志氏は「まずは実証研究という形で、Chromebook の活用を行っています。教育委員会からは2018年3月頃に提案があり、6年間の連続したキャリア教育を実施する上で、現在の学校環境を変えていくことも重要だろうと判断し、今回の実証研究を引き受けました」と語る。

山梨県立身延高等学校 校長(取材当時) 鈴木克志 氏

しかし、山梨県内の高等学校で先行して利用されていた端末は、多くが iPad や Windowsタブレットが主流だった。Chromebook の可能性は未知数であり、試行錯誤のスタートとなった。

まず必要となったのは、ネットワーク環境の整備だった。Chromebook は、生徒1人1人に割り振られた Google アカウントからクラウドサービスにアクセスするため、ローカルにデータを保存する必要がなくセキュリティ性が高いというメリットがある。起動や動作も速く、使用時のストレスが少ないのも特長で、米国の教育市場では大きなシェアを獲得している端末だ。

半面、多くのアプリケーションがクラウドベースで動作するため、ネットワーク環境がない場所では有効に活用できない。鈴木氏は「常にネットワークにつながらないといけないという点が、なかなか教員に受け入れてもらえませんでした」と当時を振り返る。

そこで Chromebook の教員研修と平行して、ネットワーク環境の整備を実施した。実証研究向けに、YSK e-com の協力を得て光回線を同校4階の多目的室に整備し、高速でストレスのない通信環境で教育ができる環境を整えたのが2018年12月のこと。教育機関向けの「G Suite for Education™」(以下、G Suite)で生徒個人のアカウントを発行し、本格的に活用をスタートしたのは2019年3月からだ。

協働学習や小テストの実施にG Suite for Education を活用

実際に Chromebook はどのように教育に生かされているのだろうか。地歴公民科を受け持つ同校 教諭 丸尾晃司氏は次のように語る。「Google Classroom™ を活用し、課題を一斉に配信して取り組ませることはよく行っています。以前であれば紙に印刷して配布していましたが、データで配布することで生徒の記入も、課題の回収もしやすくなりました。複数のユーザーが共同編集できるGoogle スプレッドシート™で、生徒の調べ学習の結果を同時編集して記入し、その内容を発表するシーンでも活用しました」

また、学習内容の定着度を確かめるための小テストにも、Chromebook を活用している。アンケートツール「Google フォーム™」を使って小テストを作成し、それを生徒たちに配信しているのだ。生徒が回答した小テストは Google フォームの機能で自動採点できるため、教員自身が採点する必要がない。「授業の小テストは授業内容の理解を確かめるために非常に重要ですが、採点業務の負担が大きく、実施頻度を増やせないのが難点でした。しかし、Google フォームを活用すれば自動採点ができるため、小テストを作成してしまえば、あとは自動的に生徒に正答をフィードバックできるため、非常に魅力的ですね」と丸尾氏は語る。

山梨県立身延高等学校 教諭 丸尾晃司 氏

体育でも Chromebook は有効に活用されている。多目的室で体育の実技について生徒自身が調べて発表したのち、その内容に基づいた実技を体育館で行っている。

利用している Chromebook のハードウェア自体も、生徒にとって使いやすいという。今回身延高校で利用しているのは、日本エイサーが提供しているChromebook 「R751TN14N」で、モニター部が360 度回転してタブレットとしても利用できるコンバーチブルタイプの端末だ。10 点マルチタッチに対応しており、直感的に操作できるため、スマートフォンなどでタッチ操作に慣れた生徒たちにとって操作しやすいのだ。また、R751TN14Nは広視野角のデュアルカメラを搭載しており、背面カメラを活用すれば野外学習などで撮影した写真を、授業で発表する際に利用できる。前述した体育の授業における実技を撮影し、後から確認するような活用も可能なため、今後そうした活用も行っていきたいと丸尾氏は話す。

地歴公民科で Chromebook を使用している様子。プロジェクターで Chromebook の画面を生徒と共有しながら、Google スプレッドシートを活用し「なぜ日本は少子高齢化が進行しているのか」を質問・疑問マトリクスに基づき検討、発表させた。

端末利用の拡大と同時に生じる“ 台数” という課題

当初は光回線が整備された多目的室のみで利用していた Chromebook だが、授業での利用が拡大するにつれて「普通教室でも使いたい」「持ち運びできる Chromebook の良さをもっと生かしたい」という要望の声も出てきたという。「そこで、教員間で話し合いを行い、多目的室の回線を延長し、各階廊下の真ん中に設置したアクセス ポイントに引き込めば、普通教室でも Chromebook が使えるのではないか、と考えました」と鈴木氏。実際にITに詳しい教員の一人が整備を行ったところ、各教室で Chromebook が使える環境が整ったという。鈴木氏は「一つの教室でしか使えないのであれば、それは従来からあったコンピューター室のデスクトップ PC となんら変わりがありません。持ち運びができどこでも使える Chromebook の良さを生かしたい、と思いました」と当時を振り返る。

そうした環境整備により、地歴公民科以外の教科でも活用が広がりつつある。例えば英語の授業では、G Suite の共同編集機能を活用して、複数人数で英文を共同編集するような授業も実施して有効に活用できたという。

ロング ホームルームや総合的な学習・探求の時間など、生徒自身に課題を考えさせて発表するスタイルの授業の時間では頻繁に活用されており、1年次生と2年次生の学級で使用がバッティングするケースも出てきている。同校の主幹教諭を務める大木賢一氏は「現在利用している Chromebook は45台と、1クラスが授業で使う場合には1人1台環境で利用できます。しかし、Chromebook が授業へ浸透するにつれて、各学級で調整が必要になるケースも増えてきています。2020 年度は37人となる授業もあり、そこで1人1台環境を保つためには、Chromebook の導入台数を増やしていくことも必要だと考えています」と指摘する。

山梨県立身延高等学校 主幹教諭 大木賢一 氏

生徒1人1アカウントを生かし自然な BYOD 環境を実現

Chromebook が授業に取り入れられたことによって、生徒の学習意欲はどのように変わったのだろうか。丸尾氏は「非常に楽しそうに、意欲的に授業に取り組むようになりました。G Suite で利用する Google アカウントは、生徒自身のスマートフォンとの接続もできるため、生徒がスマートフォンで撮影した画像を Google ドライブ™に取り込んで、学校で作業するときに取り出し、Googleドキュメント™や Google スライド™などに貼り付けて発表資料を作成するケースもあります。また、1クラス分の Chromebookが確保できなかった場合は、一部の生徒のスマートフォンも組み合わせて使いながら学習を進めています。自然に BYOD (Bring YourOwn Device)の環境ができあがっているようなイメージですね」と語る。クラウドベースの Chromebook を利用しているからこそ、デバイスを選ぶことなく授業を継続できる点も大きなメリットといえる。

一方で、教科によっては Chromebook の利便性を十分に引き出せていないケースも存在すると指摘するのは丸尾氏だ。

「私自身も Chromebook に触れるのは、今回の実証研究が初めてでした。当初は試行錯誤を繰り返しながら使い方を学んで繰り返す内に、“こうした授業でつかってみよう”“この学習シーンなら有効に使える”と判断し、授業に取り入れていきました。地歴公民科は単元の特性として調べ学習に取り組ませやすく、協働学習が行いやすい環境にあったためICTの特性をうまく生かせましたが、無理に従来の授業スタイルを ICT に置き換える必要もないと考えています。有効な授業シーンを模索しながら、 ICT ならではの可能性を生かした学びを実現できるように教員同士でも情報共有を進めていきたいですね」(丸尾氏)

身延高校が利用している Chromebook は日本エイサーが提供する「R751T-N14N」。11.6 インチのモニターは10 点マルチタッチに対応しており、直感的な操作が可能だ。モニター部が360 度回転するコンバーチブルタイプで、ノートPC としてもタブレットとしても活用できる。
活用中の45 台の Chromebook は多目的室に設置された充電キャビネットに保管されている。授業で使う場合は、各クラスの生徒がここから持ち出して使用する。

フレキシブルな教材としてChromebook をさらに活用

現在は独自にアクセスポイントの設置などを行っている身延高校だが、今後の環境整備はどのように進めていくのだろうか。山梨県教育庁高校教育課 副主幹・指導主事(取材当時)の古屋 章氏は「山梨県教育委員会も、ネットワーク環境については GIGA スクール構想の予算をもとに、整備を進めていく方針です。GIGA スクール構想のネットワーク補助金を受けるためには、措置要件として、現行の『教育の ICT 化に向けた環境整備5か年計画(2018 〜2022年度)』に基づく、地方財政措置を活用した端末3クラスに1クラス分の配備計画が求められるため、その端末整備も含めて県が責任をもって導入を進めていきます」と方針を語る。

その端末整備計画の中で、選定する端末の基準として古屋氏は管理のしやすさを挙げた。「一元的な管理が比較的容易にできることや、OSのアップデート等の通信をうまく制御できることが授業で支障なく利用できる最低限の条件だと思っています。県内の指導者用端末や、他の学校の実証研究成果も踏まえながら、総合的に判断して選定していきたいですね」と古屋氏。

山梨県教育庁高校教育課 副主幹・指導主事(取材当時)古屋 章 氏

身延高校では、今後も Chromebook を活用しながら、主体的で協働的な学びを実現していく。普通教室や体育館などの無線 LAN 環境整備が進むことで、よりフレキシブルな端末活用が実現できるようになるだろう。

「使わなくてはならない、という発想だとよい授業はできません。ノートや鉛筆と同じレベルで自然な授業にする必要がある。そのためには特定のアプリケーションだけでなく、さまざまなアプリケーションを使いこなして、フレキシブルな教材としてChromebook を活用できるようにしていきます」と鈴木氏は展望を語った。

端末セットアップから教員研修までサポート

YSK e-com

山梨県甲府市に本社を置く SI 企業。自治体向け、製造・販売業向け、医療・介護業向けの ICT ソリューションやクラウド関連ソリューションの提案を手がけている。

ダイワボウ情報システム(以下、DIS)と連携し、身延高校でのChromebookを活用した実証実験を推進したのは甲府市のSI企業である YSK e-com だ。DIS が Chromebook の調達を行い、YSK e-com が Chromebook のセットアップ、G Suite のアカウント設定に加え、光回線やルーター、多目的室のアクセスポイントの環境整備を行った。

YSK e-com ネットワークソリューション事業本部 ネットワーク営業部 部長の三井信三氏は「納品した Chromebook は45 台ですので、それらの端末がカバーできるようネットワーク環境を構築しました。また、端末のセットアップから生徒用の ID 発行、Chromebook を保管するためのキャビネットの設置も行いました」と語る。

YSK e-com では DIS と連携し、身延高校の教員に対する Chromebook の研修や、使い方のサポートなども進めている。

「現時点では教員の習熟度に差が生じているので、どの教科、どの教員でも使える環境を整えていきたいですね。また、授業はもちろん部活動や、端末を持ち帰っても家庭学習にも生かしてもらえるよう、環境整備や運用管理のサポートを進めていきます」と語るのは YSK e-com ネットワークソリューション事業本部 ソリューション部 スペシャリスト 後藤康宏氏。

YSK e-com では GIGA スクール時代の主体的な学びに向けて、Chromebook による教育環境整備を今後もサポートしていく。

(左)株式会社YSK e-com ネットワークソリューション事業本部 ネットワーク営業部
部長 三井信三氏

(右)株式会社YSK e-com ネットワークソリューション事業本部 ソリューション部
スペシャリスト 後藤康宏 氏

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