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課題先進地・海士町は、教育で何を変え始めているのか?(後編)

2018年01月12日 記事

3町村の危機を逆転の発想で見事脱した島根県の隠岐諸島・島前地域。その取り組みは、島の未来を担う子どもたちへの「教育」だった。後編の本稿では、その一翼を担う公立塾「隠岐國学習センター」がなぜ島の未来を変えつつあるのか、にスポットを当てて紐解いていく。課題先進地だからこその逆転の発想は、全国の自治体にとって大いに参考となるだろう。

教育を変えることで、地域が抱える問題を解決する

本土からフェリーで約3時間かかる隠岐諸島の海士町(あまちょう)は、日本の多くの地域が抱える人口減少、高齢化、後継者不足による産業衰退という問題に随分前から悩んでいた。そして今から10年前、島前地域3島の3町村唯一の公立高校である島根県立隠岐島前高等学校(以下、島前高校)は、生徒数の減少により統廃合の危機に立たされていた。

 

この事態にこれまで以上の危機感を持った海士町、西ノ島町、知夫村の3町村は協議会を設立し、教育を変えることで地域の問題を解決していく覚悟を決めた。地域に必要な人材を育成し、人口減少に歯止めをかけ、若者を呼び込み、いずれ若者が島で起業することで新たな産業が生まれてくる。教育を変えることで人材の自給自足を図ろうと考えた。

 

しかし、公教育である島前高校のカリキュラムを性急に、勝手に変えるわけにはいかない。そこで3町村で「隠岐國学習センター(以下、学習センター)」という公立塾の運営を開始した。島前高校と学習センターとが連携する教育改革「島前高校魅力化プロジェクト」がスタートした。

 

その成果はすでに現れている。島前高校の生徒数は最悪の時期の2倍に増えた。島内の進学率が上がり、かつ島外から留学を希望する生徒が増え始めた。島前高校・学習センターを巣立った卒業生たちは本土の都市圏で就職したり、大学に通っている。彼ら彼女らのうち、何人かは島前地域に戻り始めている。すでに人口減少の問題は、解決する兆しが見え始めているのだ。

※島前高校と学習センターによる二人三脚は、地域における「仕事」「環境」と広い視野とを現実の題材にPBL(課題解決型学習)が行われている。塾生は①地域のつなぎ手として、②価値観の転換のために、学習と実践を通じて多様な同世代、大人と関わりながら自身のやりたいことを探究している。
資料提供:隠岐國学習センター

島の教育スタイルは「学校と社会の境界線」を溶かしていく

島外から島前高校への留学を希望する生徒が出てくるほどの魅力は、全国でもまだ稀有な存在といえる「高校と学習センターとの密な連携・協働・共創」にある。いい学びをつくっていくために学校を開いていき、公立塾では「教科学習」のサポートと「社会人基礎力」が身につけられるようなさまざまなチャレンジの機会をつくりだしていく。いわば学校教育と社会教育の境界線を溶かしていくプロジェクトなのだ。

 

教科学習はいわゆる補習・定期試験対策・大学受験対策で、塾生個別に面談を行いながら、学習についてのPDCAを自分で回せるように指導したり、必要に応じて教科指導をしたりしている。そうしたなかで、ここでは当たり前のようにICTツールが活用されている。学力向上のための教科指導内容は年間カリキュラムがあらかじめ決まっているわけではなく、必要に応じて必要な単元を学習し、それを必要とする塾生が参加するという柔軟な形態で行われている。限りある時間のなかで、いかに学習進度と深度を高めていくのか。そのためにICT機器を積極的に活用している。2015年からiPadのLTEモデル45台を導入、現在はタブレットPCYOGA BOOK」と協働学習ツール「schoolTakt」も使われている。

 

YOGA BOOKはノートPCとしてもタブレットとしても使えるタブレットPCで、もっとも大きな特徴はリアルペン入力が可能なことだ。フラットなキーボード面の上に紙を置いて、その上から専用のボールペンで紙に、文字、図形を描くと、その筆圧を感知して、タブレットにも入力される。紙にペンで書くことで、同時にデジタル入力もできる仕組みになっている。またschoolTaktは、塾生のタブレットへの入力を講師がリアルタイムで一覧でき、逆に塾生のタブレットでは講師が指摘した(書き込みした)内容が瞬時に画面上で確認できる。補習や試験対策などでは、「塾生に演習問題を解かせる」→「解説」というシナリオの授業が展開される。塾生は演習問題が印刷されたペーパーをYOGA BOOKの上に置き、演習問題を解き、教師はそれを手元のYOGA BOOKでリアルタイムに見て、塾生たちの理解のどこに課題があるかを把握、適切な解説を行う。

※YOGA BOOKとschoolTaktを使った学習センターの授業。フラットなキーボード面の上にプリントを置き、専用のペンで書き込みを行うと、その内容が自動的にデジタル入力もされる。教師のタブレットには、リアルタイムで表示される。赤丸などの書き込みは、教師が教師用タブレットに記入したものが、生徒用タブレットに反映されたもの。即時性という意味でもこの両者は相性がいいとのことだ。写真右上は、隠岐國学習センター ICT教育ディレクターの大辻雄介氏。前職は予備校講師、教育産業など。学習センターだけでなく、島前のICT教育全般のディレクションを行っている。

一方、社会人基礎力は学習センター独自のもので、「夢ゼミ」という名称のプロジェクト型学習が展開されている(後述)。学習センターは、教科学習においては公教育を補い、社会人基礎力では公教育だけではカバーしきれない人材育成を担っている。つまり島前地域は、島前高校+学習センターという組み合わせで、21世紀型の教育を実践しているのだ。

遠隔授業を起点に、外へ門戸が開かれた島前教育

学習センターのICT機器への取り組みは公教育にも活かされている。2016年には島前高校で50台のiPad(LTE)活用が開始、2017年から海士町の海士中学、海士小、福井小に10数台ずつのiPad(Wi-Fi)活用が開始された。このiPadを利用して学習センターが主導しているのが遠隔授業だ。

 

島前地域の3島は内航船によって結ばれている。しかし、小中学生が内航船を使って通学をするのは厳しいため、3町村それぞれに小学校と中学校がある。しかし、西ノ島町立の中学校と知夫村立の中学校生徒は、内航船を使わなければ海士町の学習センターに通うことできない。また、高校は海士町にある島前高校のみだが、西ノ島と知夫の生徒は内航船で通学をするか、あるいは島前高校の学生寮に入り、夏休みや冬休みなどは自宅に帰る。ところが、冬場は海が荒れることが多いため、しばしば内航船が欠航となり、学習センターに通うことができなくなる。特に3年生は受験を控えた重要な時期に、学習が滞ることになる。そこで、学習センターから映像配信をし、塾生はiPadで見るという遠隔授業が行われている。

※地域格差をなくすためにICT活用は欠かせないが、機器を設置すれば解決するわけでもない。つなぎ役を担う学習センターの取り組みが全国でも有数な教育ICT先進的地域として評価されている。
資料提供:隠岐國学習センター

この遠隔授業は、島前の教育に大きな変化をもたらした。島前の各小学校、中学校はそれぞれ40名程度の小規模校。このような小規模校の課題は、いつも同じ仲間と学習をするため、代わり映えのしない「コミュニティの硬質化」が起こってしまうことだ。これが遠隔とはいえ、大人数のなかで学ぶことで、生徒たちに刺激を与えることができる。各学校単独では難しかった習熟度別授業編成も可能になる。

 

さらに、遠隔授業は場所に縛られないことで、島前地域だけに限定した授業をする必要もない。島根県の本土や徳島県からも受講した生徒もいる。さらに、授業も学習センターから配信しなければならないということはない。出張などで学習センターを離れているときは、出先のホテルなどからiPadやノートPCを使って授業を配信することもある。

 

これがすべて塾生たちにプラスの効果をもたらしている。塾生はそれぞれ自宅でiPadを使って遠隔授業を受けるのだが、ライブ配信のためひとりぼっちという感覚にはならない。チャット画面などで、他の塾生の存在を感じることができる。同じ学校の同級生もいれば、別の学校の生徒、あるいは県外の生徒がいることもある。これが多様な価値観に触れることになり、塾生の学習意欲への刺激につながっている。この遠隔授業を公教育と連携、協働しながら、学習センターという弾力ある枠組みのなかで行ったからこそ得られた効果といえる。

 

この遠隔授業は、社会人基礎力をつけるための高校の授業でも活用されている。それは、教科書や問題集のように正解のある課題ではなく、正解がない課題に挑む授業だ。高校生たちは、同じようなプロジェクト学習に挑んでいる他地域の高校生たちと、遠隔授業の仕組みを使ってディスカッションをすることで、新しい視点に触れることができている。

 

さらに、島前高校の施設内にあるホールにはNTT西日本が提供する遠隔授業ソリューションのテレビ会議システムがあり、島前研修交流センターにもなっている。大画面スクリーンをL字型に配置。そこには相手側の教室の様子が映し出され、視野いっぱいに広がるため、パソコンやタブレットの画面とは臨場感がまったく異なり、まるで教室と教室を空間的にドッキングさせたかのような錯覚を覚える。このシステムを使って、高校生のグループ同士が意見交換をする遠隔授業も行われる。

 

「臨場感がまったく違って、相手が興味を持って前のめりになっている、つまらなさそうにしているという感情的な空気も感じることができるほどです。そうすると、向こうの学校の生徒と仲良くなれるんですね。仲良くなると会いたくなる。それで、実際に会いにいったり、会いにきたりというリアルな交流も始まっています」(塚越)

※島前高校男子宿泊施設のホールは島前交流研修センターとなっていて、遠隔授業ソリューションのテレビ会議システムが設置されている。L字型スクリーンに相手教室の映像を投影することで、臨場感のある交流が可能になる。右上はNTT海士電話交換所内に設置された遠隔授業システム。このシステムにログインできれば、ノートPCと書画カメラでも授業配信は可能。学習センタースタッフの塚越優氏は、「受講生は、チャットなどで同時に受講している他の受講生を意識できる。それが健康的な競争心や多様化をもたらしている」と話す。
一部写真提供:隠岐國学習センター

リアル社会から実践で学ぶ「夢ゼミ」

学習センターのもう1つの大きな柱が「夢ゼミ」という実践的なプロジェクト学習だ。名前のとおり、目標は「夢をかなえること」。ただし、夢を見つけ、かなえていくプロセスにおいて次のことを重要視している。「地域や社会の課題を解決する」ことと「自分の夢」が重なる部分が自分のテーマ設定(課題)となり、対話や実践を通して探究し、自分なりの進路実現につなげていく。例えば、「畜産で島を魅力化したい」「30歳で海士町長になりたい」「Sターン第1号になりたい」などだ。

 

豊田庄吾センター長が重要視しているのが「真正性」だ。課題を発見して、机の上で解決するアイデアを出して終わりでは社会人基礎力はつかない。課題を発見してアイデアを出し、それを実行するというところまでやり抜いて、本当の社会人基礎力がつく。実行するとなると、何をするにも予算という現実的な問題が立ちふさがり、利害が絡む大人は本気で反対をするかもしれない。予算確保のために町議会を説得したり、企業に協賛をお願いしなければならないかもしれない。反対をする住民を訪ね歩き、理を説いて共感してもらわないといけないかもしれない。学習センターのスタッフは、アドバイスや支援はするが、主体となって行動するのは夢ゼミの高校生たちだ。これを自分たちでやってこそ、社会を生き抜くための社会人基礎力がつく。センター長が強調する「真正性」とはこのことで、センター長がもっとも重要視しているものだ。そのための手段として、学びのなかに「実践」を入れていくこと、学びを開いていくことが、肝要だという。

※隠岐國学習センターの交流スペース(左)では、日曜日以外の13時から22時まで開放され、塾生だけでなく、誰でも利用ができる。海外・全国24都道府県から集まる仲間との多文化協働は貴重な高校3年間となろう。また、海士町の「ないものはない」と書かれたポスターが貼られている。「都会にあるようなきらびやかなものはない」という自虐的な意味と、「人生に必要なものはすべてある」という自負の意味が、二重に込められている。島前地域の教育も同じで、他校と交流がしづらいという不利な条件をICTの力を使って乗り越え、さらに「外に開く」という考え方で強みに変えていっている。
資料提供:隠岐國学習センター

魅力化プロジェクトが始まってほぼ10年。島前高校と学習センターの卒業生たちは、ある者は本土の大学に就職をし、ある者は島内、島外で仕事をしている。離島した卒業生たちのなかには「島前に帰って、島前で起業をしたい」という人が出始めている。あるいは「私はまだまだ力不足。都市の企業であと何年か経験を積んで、それから帰りたい」という人もいる。あるいは海外へいって、まだ島に帰るかどうかは考えていないという人もいる。

 

島前地域の住民を「島前人」と呼ぶならば、20世紀の島前人は、島前で生まれて育って島前で暮らす人のことだった。しかし、今は新しい形の島前人が増えている。学習センターのスタッフのように島外から移住して島前で活躍する人。島前で生まれ育ったけど島外で活躍する人。高校生のときに島外留学で島前にやってきて今は本土や海外で活躍する人。島前との関わりはさまざまだ。しかし、それでもみな「島前人」であることを意識している。それが21世紀型の「島前人」なのだ。

 

島前地域は、「交通に難のある島」という不利な条件を、オセロゲームのように次々とひっくり返していき、それを魅力に転換してきた。それには、町村の大胆な決断、島外の人材の協力、ICTの力が必須だった。日本が抱える課題が濃縮されている島前地域は、教育を変えることで地域の課題を解決しようとし、成果を上げ始めている。日本は隠岐に比べればいささか大きいとはいえ、4つの島からなる島国だ。島前に学べることは多い。

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