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課題先進地・海士町は、教育で何を変え始めているのか?(前編)

2017年12月27日 記事

少子高齢化、中心産業の後継者問題など、一筋縄では答えが導き出せない課題を日本全国の自治体は抱えている。地域の未来を明るくするためには、何をどうすればいいのか。今回取材で訪れた島根県の隠岐・中ノ島は、奇しくもその課題先進地だからこそ導き出せた逆転の発想と、それを推し進めるために地域が一体となって覚悟を決めたことが奏功し、着実に成果を上げはじめている。その根幹にあるのは、島の次世代を担う子どもたちへの「教育」だった。

人口減少が止まった隠岐・中ノ島、海士町

古くから絶海の孤島として知られ、荘厳な景観、パワースポット、ダイビングスポット、そして指定文化財など、日本の自然と歴史を感じることができる隠岐諸島。半面、本土との行来にはフェリーが1日2往復と高速船1往復がメインであり、フェリーは片道2時間半から3時間ほどかかる。冬場に海が荒れると欠航も多く、日帰りの行来は現実的には厳しい。そして今回取材で訪れた隠岐國学習センターは、その隠岐諸島の1つ、中ノ島の島根県隠岐郡海士町(あまちょう)にある。

 

海士町の人口は1950年の6986人をピークに減少を続け、現在は2353人。高齢化も進み、中心産業である農林業は深刻な後継者問題を抱えている。日本のどこの地域でも抱えている過疎地問題を、濃縮をしてその滴を天から垂らしたら隠岐島になったと比喩したくなるぐらい、典型的な日本型過疎地域の1つだ。

 

ところがこの10年ほど、海士町では「不思議なこと」が起き始めている。減少する一方だった人口が下げ止まり始めたのだ。増加に転じるところまでには達していないが、この10年、海士町の人口は2300人台をキープし続けている。「人口が減らない過疎地」は今の日本で珍しいとして、年間を通して全国の自治体関係者や著名な政治家も視察に訪れている。

 

そして同じく、海士町の島根県立隠岐島前高等学校(おきどうぜん・以下、島前高校)でも「不思議なこと」が起きている。平成10年頃まで毎年60名から70名いた入学者が、人口が減少するに従って平成20年にはわずか28名まで落ち込んだが、そこからV字回復を遂げた。海士町、そして島前高校ではいったい何が起きているのか?

※資料提供:隠岐國学習センター

人材の自給自足。未来を変える島の学校

「島前高校が廃校になったら、島前は終わる」

 

そんな衝撃が島前地域の住民の間に走った。公立の高等学校では、入学者数が21名を割り込んだ状態が3年連続で続くと学校統廃合の対象になってしまう。島前地域は、海士町のある中ノ島、西ノ島町のある西ノ島、知夫村のある知夫里島の3島からなり、この3島の中学生が大方島前高校へ進学する。もし廃校になってしまったら、島後地域である隠岐の島町の高校か本土の高校へ通うしかなくなる。しかし現実的に島に住みながらの通学は難しく、選択肢としては親元を離れた下宿か、家族ともども移住になってしまう。家族ともども移住を選択するのであれば、移住先で経済基盤も生活基盤も固める必要があり、その決断は早ければ早いほどいい、となる。

 

しかし、子どものいる家庭から離島が始まれば人口減少と高齢化は加速度を持って進んでしまう。そうなると島前地域の衰退がいっそう強まってしまうことは確実だ。だからこそ、島前高校の統廃合だけは絶対にあってはならない。そこで島前の3町村はこの危機を共有し、3町村の協働による推進母体と共通ビジョンづくりに着手した。

 

そしてビジョン実現への取り組みを続けた約10年後の現在、島前高校は順調にV字回復を遂げている。生徒数は89名から178名に。入学者数は28名から65名に。島内進学率も45%から78%に急増をした。それだけではなく、「島留学生」が押し寄せた。本土に暮らしている子どもたちが、わざわざ島前高校に行きたいと留学をしてくる。なかには家族全員で海士町に移住している例もある。

 

この大逆転を可能にしたのは、海士町の本質を見据えた大胆な政策だった。この政策に学ぶべき点はいくつもある。1つは、島前高校の問題を海士町だけの問題とせずに、関係のある島前3町村の問題と捉え、3町村合同で「隠岐島前高等学校の魅力化と永遠の発展の会(以下、魅力化の会)」を設立したことだ。3町村の町村長、教育長、校長などが役員となり、さらには教育とは直接関係のない地域の人にも役員になってもらい、「オール島前」で対応することにした。そして会の目標を明確にした。「島内からの入学率増加」「島外からの入学者増加」の2つだ。

 

現実の行政を知っている方であれば、このような横断的な協議会を設立するだけでも相当な困難が伴うことをご存じだろう。往々にして自治体同士の利害が衝突し、協議会は麻酔をかけられたように動けなくなってしまう場合が多い。しかし、島前地域には強烈な危機感があり、その危機感が逆に燃料となり「教育を変えることが、島前地域の未来を変えることになる」という共通認識を持つことができた。

 

地域の課題は産業衰退・若者流出・後継者不足だ。これを変える原動力は「人材」しかない。それには地域が必要とする人材を島前高校で育成するしかない。人材が育てば新たな産業を起業してくれるだろうし、仕事があれば若者は定住する。既存産業も新しい形に変えて、継承してくれる。教育を変えることが、地域を変える要だと考えたのだ。つまり、島前は「人の自給自足」を図ろうとしている。「仕事がないから帰れない」から「仕事をつくりに帰りたい」へ。

※島前3町村共同による「隠岐島前高等学校の魅力化と永遠の発展の会」策定ビジョンと、その取り組みを綴った書籍『未来を変えた島の学校』(岩波書店)。 資料提供:隠岐國学習センター

公教育と公立塾のセットで教育を変えていく

ところが「教育を変えること」ほど、言うは易く行うは難し。島前高校を変えるといっても公教育である以上、文部科学省や県の管理下にあり、協議会で変えられる部分には限界がある。また、公教育は安易に変えてはいけない側面も多い。実験的な試みを次々とやってみて「今年は失敗でした」などでは許されない。

 

しかしここで魅力化の会は素晴らしい枠組みを構築した。それが「隠岐國学習センター」(以下、学習センター)だ。この学習センターは3町村が運営している組織。簡単にいえば公立の塾である。そしてこの学習センターは単なる学習塾や予備校ではない。島前が必要とする人材を育成する役割をも担っている。先進的なスタイルの人材育成プログラムを行い、ICT機器を活用した学力向上の授業も行う。まさしく「教育のラボ」となり、さまざまな試みに挑戦をしている。また、島前高校と連携し、お互いが持っている情報を共有しながら塾生の指導にあたっている。常に双方がコミュニケーションを取ることで、学校の教育内容が変化すれば、それに応じて学習センターでは、公教育と同じにならないよう、さらに新たな試みに挑戦をしている。これにより、高校と学習センターがお互いの強みを生かし合い相乗効果を生むような共創関係を築けているのだ。

隠岐島前高校(写真右上)と連携した公立塾の隠岐國学習センター伝統的な民家をリノベーションして利用している。上方に見える白い建物が隠岐島前高校。「グローカル人材の育成」という島前高校と共通の目標を掲げ、一人ひとりの進路実現を支援している。高校からは坂道を下るだけという近さ。夕方になると続々と高校生が集まってくる。

魅力化の会は学習センターという器をつくっただけでなく、島内外からの人材も集めた。豊田庄吾センター長は、大手企業を対象とした人材育成研修のプロフェッショナルだった。スタッフの塚越優氏は、学生時代に海士町を訪れ、魅力化の会が推進するプロジェクトに感激を受け、大学卒業後、真っ先に移住してきた。また、ICT教育ディレクターを務める大辻雄介氏は、本土と島前を行き来しながら学習センターと島前地域の教育ICTを推進している。その他のスタッフも、島内の人もいれば、島外から移住をしてきた人もいる。さらには島内で育って、本土に移住したが戻ってきた人もいる。多様性に富んだスタッフが学習センターを運営している。

 

学習センターは、一般的な塾と同じように月謝を払って通う公立塾である。そのため入塾は強制ではない。しかし、島前高校の大半の生徒は放課後に学習センターにきて、公教育とは違った学びに触れている。それほど一体化した存在になっている。

※隠岐國学習センターの豊田庄吾センター長(左)。前職は大手企業向けの人材育成研修関連の仕事をしていた。学習センターの目標を「基礎学力」と「社会人基礎力」の2つに定め、地域から必要とされる人材育成を学習センターで実践している。右は学習センター内の中心にあるスタッフルーム。いつも開放されていて、塾生たちは、スタッフを「先生」と呼ばず、スタッフも呼ばせない。学校とは違う場所であるという意識づけを行っている。

そして前述のとおり、これら島前地域の教育プロジェクトに魅力を感じて、島外から島前高校に「島留学」を希望する人が増えている。理由には、生徒たちが挑戦できる環境がある、ということだ。島内外でチャレンジする機会が数多く用意されている。そういった機会を作ろうとする生徒を応援する大人の数も多く、関わる大人の多様性もここでの学びの魅力の一つである。また、隠岐の大自然も大きな魅力である。美しい環境のなかで、じっくりと最先端の教育を受けられる。学力教育にも力を入れてくれるので、卒業後の大学進学も安心できるというところが島留学の決め手になっている。

 

「最先端の教育をしているというところは、島前地域以外にもたくさんあります。島前高校に留学する人は、事前に島前を訪れて、島前の自然に触れ、私たち学習センターの考え方に共鳴してくれた方が多いのです」(豊田)。

 

では、島前高校そして隠岐国学習センターでは、具体的にどのような教育を展開しているのだろうか。後編へ続く。

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