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小さな学校から始まる、大きな教育ICTの波_徳島県三好市【後編】

2016年05月06日 記事

 地域特性はさまざまあるが、日本は今、少子化対策が喫緊課題の1つである。山間部が多い徳島県三好市も例外ではなく、児童生徒数の減少に悩んでいる。しかしながら、小規模だからこそ発揮する教育効果も当然ある。「吉野川上流地域から教育を改革する」という古くから受け継がれた方針を持つ三好市教育委員会は先頃、文部科学省の「人口減少社会のおけるICT活用実証事業」に採択された。三好市教育委員会はICTの力を使ってどんな試みを始めようとしているのか、中心メンバーに話を聞いた。

三好市立下名小学校 教頭 中川斉史氏、徳島県三好市教育委員会 学校教育課 中川博史氏、同教育次長 松丸忠仁氏、同教育課長 東口栄二氏。         (左上から時計回りに)
三好市立下名小学校 教頭 中川斉史氏、徳島県三好市教育委員会 学校教育課 中川博史氏、同教育次長 松丸忠仁氏、同教育課長 東口栄二氏。         (左上から時計回りに)

遠隔協働学習の数々の課題

 徳島県三好市の教育委員会は、文部科学省の「人口減少社会におけるICT活用実証事業」に参加することで、地域特性を良さと課題補完に臨んでいる。ICTの力を使って、小規模学校の良さをさらに伸ばし、課題を解消することで、教育の質を向上させようとする試みだ。

取材時点では2016年1月末の授業実施に向けた準備段階だったが、すでに(1)授業計画上の課題、(2)技術上の課題、(3)文化の違いという課題が浮かび上がってきていた。

 

(1)授業計画上の課題とは、合同授業を行うために、各学校の時間割の調整が必要になることだ。合同授業のために、それぞれの学級で通常授業の進捗度を合わせておく必要がある。

 

(2)技術上の課題は、カメラが2台、ディスプレイが2台必要になることだ。教員の講義の様子を映す映像系は必須だが、合同授業なのだから、児童生徒の様子を移す映像系も必要となる。それがないと、もう片方の児童生徒たちには、向こうの学級で何が進行しているのかがわからなくなる。

三好市立下名小学校 教頭 中川斉史氏。 教育全般・校務支援・教育クラウドにおける総務省地域情報化アドバイザーも務めている。
三好市立下名小学校 教頭 中川斉史氏。 教育全般・校務支援・教育クラウドにおける総務省地域情報化アドバイザーも務めている。

 

さらに、教員の作成した教材を映すモニターも必要になる。「こうなると、児童生徒が授業中にどこを見たらいいのかがわからなくなって混乱してしまいます。今、どのようなスタイルにすれば、円滑に協働授業が展開できるのか、教員間で議論をしています」(中川斉史氏)。

 

 

最大の課題は「文化の違い」

 前述の2つの課題は、試行錯誤することにより解決できるだろう。しかし、解決がきわめて難しく大きな課題が(3)「文化の違い」だと言う。

 

「学校の児童たち、教員、地域の人々、それぞれが独自の文化を持っていて、それ自体はとても大切で尊重すべきものである半面、だからこそ、この違いが大きな課題になっているのです」(中川斉史氏)

 

例えば、児童が今、夢中になっているもの、どんな遊びが流行っているかなどは学校によってまったく違う。単にICTを活用してコミュニケーションする場を用意しても、この違いを考慮したナビゲーションをしなければ、児童生徒たちのコミュニケーションがうまく噛み合わない。

 

もっとも大きな課題が「教員の文化の違い」だ。教員というのは一種の職人で、それぞれに独自の指導方法を持っている。大規模予備校のような大人数授業であれば、最大公約数的に向けた指導方法を採用し、どの教員も同じ指導方法を取るということも可能になるのかもしれないが、小中学校ではそれは難しい。なぜなら、まったく個性の異なる児童たちに教えなければならないからだ。

 

「指導方法というのは、児童の理解力に応じて変えていく必要があります。学級運営、学級経営ということと密接に結びついていますので、どの学級、どの子に対しても、同じ指導方法でというわけにはいかないのです」(中川斉史氏)

 

 

徳島県三好市教育委員会 学校教育課    教育次長 松丸忠仁氏
徳島県三好市教育委員会 学校教育課    教育次長 松丸忠仁氏

この違いを無視して、いきなり協働授業をしてしまうと、児童たちは学級文化や指導方法、学習規律などの違いに戸惑い、授業がうまく展開できない恐れがある。それを防ぐには、教員同士が意思疎通を図り、じっくりと議論していくことが必要だが、現実問題としてなかなかそういう時間、機会はつくりにくい。

ある程度の共通化はできるのでしょうが、できない部分がありますし、共通化してはいけない部分もあります。なぜなら、教育というのは人を育てる事業だからです」(松丸忠仁氏)

多様な価値観に触れてほしい

 「現在考えているのは、2つの学級の児童生徒たちそれぞれが意見を出しあい、異なる価値観に互いに気がつく。そういう形態の授業がもっとも向いていると考えています」(松丸忠仁氏)

 

特に、小規模学級にとってはメリットが大きいそうだ。

 

「3人の学級では、聞かなくても同級生がどんな意見を言うかがあらかじめわかってしまうものです。それが、協働授業であれば、こんな考え方をする人がいるんだということに気がついてくれる」(中川斉史氏)

 

例えば、社会科で地域の問題を調べて発表する授業、算数でさまざまな解き方に触れる授業などが適していると言う。

 

また、複式学級にとってもメリットがある。小学5年生と6年生の複式学級であれば、5年生が遠隔協働学習に参加している時には、6年生を中心に授業を考えればいいので負担が減り、両方の学年にメリットがあると思われる。

 

実際の授業は、今年1月下旬から開始されており、検証委員会が設立されていて、3年間にわたる実証実験を評価していく予定だ。毎年、教員と生徒の両方にアンケート調査を行い、可能な限り3年間同じ質問項目を入れ、経年変化を見ていきたいと話す。

参照元:文部科学省ホームページ

20153月の公募のうえ、「人口減少社会におけるICTの活用による教育の質の維持向上に係る実証事業(学校教育におけるICTを活用した実証事業)」に採択されたのは全国12の教育委員会。

小規模学校から始まる教育の未来

 多くの人が、小規模学校よりも、都市部の大規模学校のほうが質の高い授業が受けられるという誤解を持っている。しかし、違いがあるだけで、どちらが質的に高いかどうかは簡単には決められない。

 

「山間部の学校の子どもたちは、みんなたくましいですよ(笑)」(中川博史氏)

 

大規模学校の学級のように、孤独に孤立してしまうような生徒はまったくいない。また、周りが大人ばかりなので、大人とのコミュニケーションにも慣れている。

 

「これは半面、大人に依存することが多くなってしまうので、教員ではできるだけ手を貸さない、自分でやらせるということを意識しています」(東口栄二氏)

 

また、人前で何かを発表するときに、物怖じしたり、恥ずかしがったりする生徒も少ないという。

 

「人数が少ない分、発表の順番が頻繁に回ってくるんです。だから、人前で自分の考えを発表することには慣れています」(中川斉史氏)

 

一方で、やはり「多様な価値観に触れる機会が少ない」という点は、大きな課題であると考えている。この課題をICT活用によって克服し、小規模学校の数々のメリットも活かし、総合的に都市部の学校以上の教育を展開したい。そうすることにより、三好市の小中学校を守り、ひいては地域を守ることに貢献したい。三好市教育委員会はそう考えている。

 教育ICTのもっとも難しい点は、相手が「人」であるために、「こうすれば成功する」という“正解”が存在しないことだ。現場で日々起こる小さな課題を解決して、少しずつ理想に歩み寄っていくという形でしか、教育の質を上げる方法はない。

 

その意味で、課題が見えづらい大規模学校よりも、課題が見えやすい小規模学校のほうが、ICT教育は向いているということも言える。「たくましく、物怖じしない子が育つ」という小規模学校のメリットを活かしつつ、「多様な価値観に触れる機会が少ない」というデメリットをICTにより解消する。そういう道筋が見え始めている。

 

イノベーションは、危機感を感じている小さな集団から生まれてくることが多い。教育のイノベーションも、小規模学校から生まれ、全国に波及していくのかもしれない。教育は“上流”から変わっていくのだ。三好市のこの実証事業の成果に注目しておきたい。

大歩危・小歩危(なお、大歩危は天然記念物および名勝に指定されている)
大歩危・小歩危(なお、大歩危は天然記念物および名勝に指定されている)

AUTHOR

牧野武文/テクノロジーと生活の関係を考えるITジャーナリスト。IT関連本を中心に、「玩具」「ゲーム」「論語」「文学」など、幅広くさまざまなジャンルの本を執筆。著書「Macの知恵の実」「横井軍平ゲーム館」「大失言」「萌えで読み解く名作文学案内」「ゼロからわかるインドの数学」「Googleの正体」「論語なう」など。

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