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小さな学校から始まる、大きな教育ICTの波_徳島県三好市【前編】

2016年05月02日 記事

地域特性はさまざまだが、日本は今、少子化対策が喫緊課題の1つである。山間部が多い徳島県三好市も例外ではなく、児童生徒数の減少に悩んでいる。しかしながら、小規模だからこそ発揮する教育効果も当然ある。「吉野川上流地域から教育を改革する」という古くから受け継がれた方針を持つ三好市教育委員会は先頃、文部科学省の「人口減少社会におけるICT活用実証事業」に採択された。三好市教育委員会はICTの力を使ってどんな試みを始めようとしているのか、中心メンバーに話を聞いた。

三好市立下名小学校 教頭 中川斉史氏、徳島県三好市教育委員会 学校教育課 中川博史氏、同教育次長 松丸忠仁氏、同教育課長 東口栄二氏。           (左上から時計回りに)
三好市立下名小学校 教頭 中川斉史氏、徳島県三好市教育委員会 学校教育課 中川博史氏、同教育次長 松丸忠仁氏、同教育課長 東口栄二氏。           (左上から時計回りに)

教育は吉野川の上流から始めよ

 平成27年3月、徳島県三好市教育委員会は文部科学省が実施する「人口減少社会におけるICTの活用による教育の質の維持向上に関わる実証事業」の公募に参加。作成した事業計画が採択された。この実証事業は、過疎化や少子高齢化が進む地域で、教育上の課題を克服するためにICTの活用を研究するためのもので、全国12の教育委員会が採択された。三好市の具体的な事業計画は、他の学校の教室と映像通信で結び、合同学習や協働学習を試みるというものである。

 

三好市は、大歩危小歩危、祖谷のかずら橋、吉野川という豊かな自然がある一方、大規模な産業が生まれづらく、仕事を求めて大都市に人口が流れていく現実がある。この地域をどうやって守っていくか。それが三好市の大きな課題になっている。

 

三好市の教員の間には、「教育は吉野川の上流から始めよ」という言葉があるそうだ。吉野川の上流地域は、山間部で交通の便も決して良いとはいえないが、そういう地域から教育を改革していくことで、三好市、ひいては徳島県全体の教育レベルを上げていこうという考え方だ。

 

 さて、ICT教育というと、都市部の先進的な地域で行われているイメージがあるが、一方で地方でも注目を集め、地域ごとに熱心な手弁当の推進者は大勢いる。なぜなら、ICTがもっとも威力を発揮するのは「課題解決」だからだ。地方が抱える課題をICTを使って、1つ1つ解決していくことで、地域特有の良さを残しながら、教育レベルを高めていくことができる。そこに着目して、「地方発のICT教育改革」という大きな流れが生まれている。これは、まさに「日本の教育を上流から変えていく」という考え方だ。三好市もこのような“上流”の1つなのだ。

祖谷のかずら橋(国指定重要有形民俗文化財)
祖谷のかずら橋(国指定重要有形民俗文化財)

過去の取り組みから見えてきた、ICT支援員常駐という課題

 三好市は、過去より国のICT教育事業に積極的に参加してきた。その中でも大きかったのが、平成22年度の総務省「地域雇用創造ICT絆プロジェクト」だ。これは、四国地域の雇用を創造するためにICTを利活用することを狙った事業。教育情報化事業では、約30件の公募があり、24件46校が採択された。三好市では、池田小学校と辻小学校の2校が対象となった。

具体的には、3学年以上の全児童、全担任に1台のタブレットを配付。各教室にはWi-Fi、電子黒板が整備された。

 

 「このような環境整備も必要でしたが、もっとも大きな成果はICT支援員の配備でした」

そう話すのは、三好市立下名小学校 教頭 中川斉史氏。教育ICTという言葉が一般化する随分前から教育の現場でICTに取り組み、2004年には『学校のLAN学事始―校内ネットワークでひらくこれからの学校』(高陵社書店)も上梓している。

 

このプロジェクトは、地域の雇用創造を目的としているため、学校をICT化するとともに、その利活用を促すために、教育情報化コーディネーターやICT支援員といった人材を配置することも狙いの1つとなっている。ICT支援員の業務は主に4つある。「授業のICT支援」「教員研修」「機器のメンテナンス」「授業計画の支援」だ。その中でも、授業の質に直接関係するのが「授業計画の支援」だ。

三好市立下名小学校 教頭 中川斉史氏
三好市立下名小学校 教頭 中川斉史氏

「教員はいろいろな仕事で忙殺されていますが、その中でも時間が必要なのが授業準備なのです。実際のところ、1時間の授業をするには、最低でも1時間の準備時間が欲しいと言われています」

この授業準備とは、簡単に言えば、授業の台本づくり。どのような教材を準備して、どのように授業を展開すれば、もっともよく伝わるのか、それを計画していく。「その中で、教員とICT支援員が議論し合いながら、ここでICT機器を使うと効果的だというような組み立てをしていく」。そのため、ICT支援員は、ただ技術に関する専門知識をもっているだけでなく、教科内容や教授方法に関する専門知識も必要となる。

中川氏は、この「ICT支援員との連携」が、ICT教育を成功させる鍵になると感じた。しかし、残念ながら、絆プロジェクトでは、ICT支援員が学校に常駐するというところまでの環境整備は叶わなかった。一定間隔で巡回するという形になってしまったのだ。

 

「このときに、ICT支援員の常駐ということが大きなテーマになりました。常駐をしてもらうことで、教員とICT支援員の間での人間関係が築ける。この人間関係がないと、深いレベルの意思疎通はやはり難しいのです」

 

同じ頃、三好市と隣接する東みよし町で、総務省の「フューチャースクール推進事業」に応募した。これは平成22年度から25年度までの実証事業だ。そして、東みよし町立足代小学校が実証校となり、三好市も含め地域全体のICTに対する整備に弾みがついた。フューチャースクールの環境整備としては、絆プロジェクト同様に、1人1台のタブレット、電子黒板、Wi-Fiなどが整備され、クラウドを利用した協働学習までが可能になった。タブレットには、デジタル教科書とドリル教材などが用意され、授業計画の中に組み入れられていく。しかし、フューチャースクール推進事業の最大の成果は、ICT支援員の常駐(に近い状態)が実現できたことだった。

離れた教室を結ぶ遠隔協働学習

 こうして、人材的な環境が整った三好市は、「人口減少社会におけるICTの活用による教育の質の維持向上に関わる実証事業」の公募に参加した。三好市には、小学校が16校、中学校が6校あるが、1校あたりの児童生徒数は少ない。統廃合規準の1学年1学級はクリアしているものの、1学級2人というケースもあり、現実には複式学級(複数学年の合同授業)が行われることもある。

徳島県三好市教育委員会 学校教育課        課長 東口栄二氏
徳島県三好市教育委員会 学校教育課        課長 東口栄二氏

効率だけを追求するのであれば、約半数の小中学校が統廃合の対象になってしまう。しかし、三好市は徳島県の6分1の面積を占める広大な地域。統廃合を進めたら、通学距離が20kmを超える児童も出てきてしまう。

「タクシーやバス通学というのも難しい。小学校低学年では、座席に座っても足が床につきません。体幹だけで姿勢を保たなければならず、猛烈に疲労するのです」(三好市教育委員会 学校教育課長、東口栄二氏)。

地域の学校を守るため、三好市は、このICT活用事業に参加した。

 この実証事業では遠隔協働学習が中心となる。これは2つの学級をICT通信で結んで、片方の教員が授業を主展開し、これを両学級の児童生徒が受講し、もう片方の教員は支援に回るという形が基本になる。しかし、このような「遠隔講義」形式は以前からも行われている。遠隔協働学習の新しい点は、児童生徒全員がタブレットを持ち、そこで考えや意見をまとめ、教員はそのタブレット上の回答を一覧形式で把握することができるという点だ。そのため、教員は目の前の児童生徒と同じ感覚で、遠隔地の児童生徒に質問をしたり、発表させたりすることができる。要は、遠く離れた2つの教室を、ICTの力(映像送信とタブレット)で、あたかも同じ教室であるかのように結んでしまおうというものだ。

 三好市では今後、市内の小学校の高学年を中心に遠隔協働学習を展開する予定だ。遠隔で結ばれた児童たちは翌年以降、同じ中学の同級生になる可能性が高いからだ。現在は各機種の選定がほぼ終わり、具体的に授業をどのように実施するかを議論する段階にきていて、2016年1月末にも実際の授業を行っていきたいとしている。

しかし、この準備段階の議論で、すでに多くの課題が見えてきている。

「このような課題を解決してから、実際の授業を行いたい。やりながらいろいろ環境を変更したのでは、子どもたちに迷惑をかけることになり申し訳ないですから」(中川斉史氏)

 

その課題は3種類にまとめられる。1つは、授業計画上の課題。通常授業を行う中で合同授業を同時に進めるので、授業計画をうまく立てておく必要がある。2つ目は、技術的な課題。映像系、タブレットを接続すること自体は簡単だが、教室の中でディスプレイなどをどのように配置するかが肝心になる。しかし、この2つは試行錯誤を経て解決できる課題だ。難題が、3つ目の学校間の「文化の違い」だ。この課題は一朝一夕に解決できるものではなく、この課題を乗り越えることが、遠隔協働学習の成否の鍵となりそうだ。(後編につづく)

(取材・文/牧野武文)

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