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困難を強みに変える大熊町の小学校教育【前編】

2017年03月30日 記事

中心にあるのは「教師力」。ICTは教師力を助けるツール。

 福島県双葉郡大熊町には熊町小学校、大野小学校の2つの町立小学校があるが、現在は福島第一原発の事故による全町避難で、100km以上離れた会津若松市の廃校になった校舎に間借りしている。さまざまな困難があるが、両小学校はICTツールを使って、その困難を“強み”にすら変える挑戦をしていた。

全町避難の中での「人づくりが町づくり」

 大熊町立熊町(くままち)小学校と大野小学校は、大熊町ではなく、直線距離で100km以上離れた会津若松市河東町にある。2011年3月11日に東日本大震災が発生し、その影響で東京電力福島第一原子力発電所が炉心溶融事故を起こした。福島第一原発の1号機から4号機までは大熊町にあるため、翌日の12日には、町民全員が田村市に緊急避難をせざるを得なくなった。避難生活が長くなることが決定的になった3月末、住民の多くが会津若松市に全町避難を決めた。それから5年、大熊町の避難指示が解除する目処はまだ立っていない。

3.11以前の福島県大熊町の概要。人口約1万1500人、面積78.7平方km、東京電力福島第一原子力発電所 6基中4基が町内に設置されている。町予算は当初予算70億円~78億円、教育重視。教育行政の中心に読書活動推進をおく(参照・引用=『大熊町学校再生への挑戦』(かもがわ出版)より)

 全町避難直後、廃校になっていた会津若松市栄町の旧河東(かわひがし)第三小学校を借り受け、大熊町立の小中学校がここで学校を再開。現在は熊町小学校と大野小学校の2校が学校運営を行っている。そのため、正面入口には3校の表札が掲げられている。地域住民が廃校になった校舎・設備を4年間大事に守っていてくれたため、両小学校はこの校舎を使うことができた。その感謝から河東第三小学校の表札を外す気にはなれないと鈴木恵一指導主事は話す。

 

そのような困難状況の中で、というよりも困難な状況だからこそ、大熊町は子どもたちに最高の学びの環境を与えようとした。

正面入口には3校の表札が掲げられている。地域住民が廃校になった校舎・設備を4年間大事に守っていてくれたため、両小学校はこの校舎を使うことができた。その感謝から河東第三小学校の表札を外す気にはなれないと鈴木恵一指導主事は話す。

「大熊町はもともと教育にものすごく熱心な町でした。図書館なども充実していましたし、教育には町の予算を思い切って割いていくという伝統がありました」(大熊町教育委員会 鈴木恵一指導主事)。

 

それは教育関係者だけでなく、町長、住民も同じ思いだった。大熊町には「人づくりが町づくり」という合言葉がある。ICT教育にも積極的に取り組んできた。

 

現在では、各生徒に1人1台のタブレットPC、各教室に無線LANという充実した環境が用意されている。タブレットPCの使い方は、デジタル教科書が中心になり、その他、コラボノートを使った協働学習、インターネットを使った調べ学習、カメラを使った撮影記録などが中心だ。

 

「ICTに期待をしていたのは、授業が効率化して、個別指導の時間が長く取れるようになることです」

 

タブレットPCがあるからといって、反転学習など授業スタイルを大きく変えるのではなく、従来の授業スタイルのまま、便利な道具としてタブレットPCを活用している。

「一部、反転学習などの要素を単元によって取り入れている教師はいますが、授業スタイルの基本原則は変えていません。ICTはあくまでも学びのツールです。教師はまずしっかりとした授業を組織し、その中で道具としてICTを活用するべきだと考えています」

 

 

大熊町教育委員会 教育総務課 鈴木恵一指導主事。自身も英語教師をしていた。大熊町は「人づくりが町づくり」を掲げて、教育には予算と人材を注ぎこんできた。「教育とは人が人を育てる事業である」という教育の基本を大熊町は大切にしている。

低学年では指タッチ、高学年はキー入力のタブレットPC

 ところが、この「授業の効率化」が1人1台のタブレット以前は、ICT機器を導入してもなかなか実現できなかった。全町避難後、会津若松市に富士通系列の工場があった縁で、厚意によりパソコン50台が寄付された。有線接続よりにインターネットにも接続ができた。

 

「しかし、小学校ではなかなか使いどころが難しいのです。小学校の指導要領には情報教育そのものがありません。どの教員も、国語や社会、算数といった授業の中で、ICTツールを活用したいと思っていましたが、パソコン教室という形態では、どういう風に使えばいいのかと悩んでいたのです」

 

そんな折、ダイワボウ情報システムが主催する「DIS School Innovation Project」の話を聞き、参画することになった。このSchool Innovation Projectは、東芝の教育用タブレットPC「CM1」を60台、必要なソフトウェア、無線LAN環境など、普通教室でのICT環境を一教室分、まるごと提供するというものだった。

 

「小学生にはパソコンよりもタブレットPCのほうが合います。ローマ字を習うのが小学校3年ですから、それ以降でないとキーボードが使いこなせないのです」

タブレットPCであれば、低学年では指の操作で使い、高学年では必要に応じてキーボードを使うということができる。

 

 

富士通系列の会社の厚意によりパソコン教室が出来上がり、全町避難直後にはここで中学生の情報教育が行われていた。

ICT授業をするのではなく、授業の中でICTを活用する

 しかし、スクールイノベーションで整ったのは1教室分だった。つまり、「今日はICT機器を使った授業をする」と計画をして、準備をしてから授業に入る必要があり、これは教員たちの理想とズレが生じてしまう。

 

ICT授業をするのではなく、普通の授業の中で便利な道具として使うのが理想です。いつでも、どこでも、使いたいときにさっと使える環境がなければ、せっかくのICTツールを活かすことができないと感じました」

 

そこで大熊町は、町の予算を使ってタブレットPCを導入し、1人1台の環境を整えた。さらに、各普通教室、特別教室、体育館などに無線LANのアクセスポイントを整えた。

各学年・小学校の教室のほか、音楽教室、体育館など校舎内はほぼすべてシスコの無線LANアクセスポイントが設置されている。各教室にはAPが設置されているので、全員が同時にストリーミング動画を見ても遅延や切断が置きたことはないそうだ。

町の予算で購入した富士通製の児童用タブレットPCと収納ボックス。ローマ字を学習していない低学年では指操作によるタブレットとして、高学年ではノートPCとして授業の中で活用されている。児童はいまだ避難生活ということもあり、持ち帰り学習は行われていない。

「かなりの予算規模にはなりましたが、教師がどのような授業展開をしてもストレスが起きないように、手に入る中での最高の環境を用意しました」

 

タブレットを使いたい時に使えるようにするには、移動式の環境ではなく、常設の環境を整える事が必要だが、AP毎の電波強度や、AP同士の電波干渉という問題も発生する。

 

しかし、授業によっては、児童全員が異なるストリーミング動画を見るという通信に負荷のかかる厳しい使い方をすることもあるが、整備された現在の環境では遅延、切断といった問題が起きたことはないという。

シスコシステムズのAPは電波強度、干渉を自動で検知し緩和する機能があるため、常に高速で安定した通信が可能だ。

 

1人1台のタブレットPCがいつでもすぐに使える環境が整い、教員たちは児童の興味関心、ひいては学習意欲がまるで違ってきていることを実感しているという。ところが、大熊町教育委員会のユニークなところは次の一言に詰まっていた。

 

「ICTツールの導入前後で、普通ならアンケートを取ったり、なんらかの測定をして効果を確かめるということがありますが、大熊町では今はあえて行っていません。理由は、教員を縛ることになってしまうからです」

 

授業の中でのICTツールの使用頻度、使い方は教師によりさまざまだ。また、単元によっても使用頻度は異なってくる。ある授業ではデジタル教科書を見ることだけに使われるが、ある授業ではコラボノートを使って協働学習をするということもある。しかし、だからといって「ICTツールを導入したから積極的に使いましょう」「効果が上がるような使い方をしましょう」という“押し付け”をしてしまうと、教員が不安を覚えてしまう。もっとも重要な「効果的な授業組織」の目的が崩れてしまうことを懸念しているのだ。

 

大熊町は、ICT授業がしたいわけではない。“人づくり”のための効果的な授業をするために、ICTという便利な道具を活用したい。以前から、紙の教科書やドリル、大きな模造紙による協働学習、図書室、図書館での調べ学習、カメラ撮影による観察、記録といったことは行ってきた。それがタブレットPCに置き換わり、準備時間を必要とせず、いつでも使え、余裕が生まれた時間を個別指導に充てることができる。授業とツールの主客を転倒させずに、ICTを活用して、従来からの授業の質をより高めているのだ。

放課後、5、6年生が発表会行事に向けて一生懸命練習に励んでいた。

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