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社会で通用する力とは? ICT教育の真髄_新地町教育委員会【後編】

2016年09月12日 記事

東日本大震災では甚大な被害に見舞われた、福島県新地町。震災以前よりICT活用プロジェクトに積極的に参加しており、全国的に見てもICT活用教育の先進エリアである。後編では再び、新地町教育委員会 指導主事の伊藤 寛氏に話を聞いた。

目的意識をもって「ICT」を活用する

 中編で新地町小学校の森校長にご紹介いただいた以外の実施内容についても、ここにまとめておきたい。

 

●タブレット端末の持ち帰りによる家庭学習の充実

回答率などがひとめでわかるので適切な指導が行える、というポイントについては先述のとおりだが、一つ印象的なエピソードがある。帰宅後の学習状況がリアルタイムで見られる状態ではあるが、時間外の業務になるので、それをどう利用するかは教員の自主性に任されている。しかし、子どもたちのがんばりを見て嬉しくない教員はいないので、つい見てしまう(我慢できずに赤字を入れてしまう)という状況もあるようだ。

 

「生徒はびっくりしますよね。ですが、横で見ていた保護者はクラウド越しにも先生が見守ってくれていることに安心し、とても感謝していたそうです。教員やご家族の負担が増える場合もあるのですが、『負担とやりがいは似ている』と言った先生がいました」(伊藤氏)

●反転授業の実施と授業における活動時間の確保

授業で例題を提示し、初めてそこで考えて話し合いまでもっていくとなると、単に「意見を言い合う」という段階で時間切れということが多かったが、反転授業によって課題に向き合う時間を確保することで、“深める話し合い”が可能になっている。

 

「伝えたいと思うことをじっくりまとめられる、人前で話しても恥ずかしくないように自分の中で整理しなおせることが、他の子との交流につながり、“そんな考えもあったのか”と気づき、さらなる考えを発展できる。これはクラウド活用の大きな利点として挙げられると思います」(伊藤氏)

 

●協働学習の実施

これまでは、たくさんの紙を黒板に貼るなどするしかなかった協働学習が、シンキングツールを活用することでタブレットの中で行えるようになった。一覧して比較したり、一枚のシートに複数の生徒が書き込んだりと、授業中のコミュニケーションをサポートする重要なツールとなっている。課題に対してみんなで解決策を考えることができるため、思考の活性化に効果があるのはもちろん、積極的ではない生徒が授業内に孤立することも防ぐことができる。

 

●AR(拡張現実)技術の活用

GPS機能を利用して街の観光・史跡案内をつくる、学校全体を英語で案内するプロジェクト、ARでムービーを組み込んだ校内の行事写真や学校だより、ARマーカーがどこに埋め込まれているかわからない写真から動画を見つけ出す授業(小1の国語「生きものさがし」)など、さまざまなアイデアでARという技術に触れている。

 

●ICTを活用した交流学習

自転車で世界を旅する西川昌徳氏と、一年を通じてインタラクティブな交流を行なった。西川氏が次に向かう国について事前に調べたり、クラウドを介して伝えた情報を元に現地の写真を撮影して送ってもらったり、また実際に西川氏が学校を訪れ、生の西川氏がベトナムとニュージーランドとをSkypeで繋いで、異文化コミュニケーションを楽しんだりといった活動を実施。世界とつながっていることを実感できる貴重な学習となった。

●不登校児童への教育・学習支援

一般に、昼夜が逆転してしまうと、不登校児が学校に復帰するのは難しいと言われている。クラウドを活用することで、日中も担任と交流することが可能に。ドリル学習型コンテンツを利用して自習をさせたり、一日の生活を記録させ、それらの様子をリアルタイムで確認しながらサポートを行なっている。

 

●学習に困難を抱える生徒の教育・学習支援

特別支援学級にてPCの持ち帰りを実施。定着するまでくり返し取り組むことが必要なため、その生徒に合わせたドリル学習型コンテンツを利用し、高い効果を得ている。また、プログラミング教育による課題解決手順の確認も行なった。課題に対して、フローチャートなどを活用して、手順を体験・学習させるというものだが、日常生活の中でつまづいたときに、どうクリアしていくかという考え方を身につけることができる。

 

これだけの内容は、平成22年から実施してきた同町のICT活用教育の地道な積み重ねはもちろん、「ICTを使って何を実現するのか」という目的意識あってこその成果なのだろう。

今後の課題はICTの効果を実感できるかどうか

 これらの活動を通して、新地町がすでに21世紀型スキル育成のための学びに、十分に取り組んでいることが見て取れた。しかし、もちろん課題もある。同町が行なった「ICT活用教育における保護者意識調査」の結果が興味深い。

 

「情報活用能力の育成が必要か」という問いにはハッキリと「必要である」という肯定的な回答がほとんどを占め、「学習意欲の向上」「学力の向上」という項目については90%以上の保護者が「効果的」であるとしつつも、「どちらかといえば(効果的である)」という回答が多く見られた。つまり、「ICT活用の良さ」が“実感としては”よくわからないということだ。

「ICT活用教育は保護者の理解や協力がなければできないので、保護者、児童ともにその効果を実感してもらえるよう進めていく必要があります。具体的には、各学校に有識者を招いて指導・助言をあおぎ、教員の指導力の向上に力を入れています。ICTをただ使うだけでは学力は上がらないですし、逆にできたつもりになってしまうという危険性もあります。“ICTはあくまでツール”という意識をもたないといけません」(伊藤氏)

 

同町教育委員会 教育長 佐々木孝司氏も「子どもたちはICTを活用した授業は楽しいと言いますが、ICTだけに頼らないことが重要です。かつて教育の基本は「読み・書き・算盤」といいましたが、今、人として身に付けるべきは『読み・書き・話す』であると考えています。アクティブ・ラーニングの基本となるのはコミュニケーション。伝達というのは相手が理解してはじめて実現するわけですから」。

 

そのほか、佐々木教育長は学力向上とともに部活動を奨励しており(震災後、肥満が多かったので万歩計を付け、体力をつけさせたのだという)、チームワークの大切さや、ルールを守ることの重要性(=情報モラル)を学ぶことができると考えている。

 

教育長以下、教育関係者が一丸となって推し進める同町のICT教育は、着実に新地町の人々に浸透しつつある。

ICTの普及に尽力していくことが使命

 震災以降、入学式も満足にできず、学習環境も整わず、落ち着いて学習できる状況ではない時期も長かった。子どもたちの学力に、その影響がないとも言えない。

新地町教育委員会 教育総務課 総務学校係 指導主事 兼 社会教育主事 伊藤 寛氏
新地町教育委員会 教育総務課 総務学校係 指導主事 兼 社会教育主事 伊藤 寛氏

「まず第一に、ICTの力と先生の指導力によって、新地町の子どもたちが真の学力を見につけ、望む進路に就けるようにしていきたい。一方で、国から委託事業を受けてやるからには、研究を行うだけでなく、ICTの良さを他の市町村に伝え、普及させていくという使命があると考えています」(伊藤氏)

現在、ICT支援員の人件費、機器の購入費、ソフトウェアの利用料、年間の保守点検費用など、年間数千万円というコストがかかる。一市町村がまかなえる予算規模ではなく、ICTの良さは理解していても、なかなか広がっていかないという現状もある。

「私たちにできるのは、文部科学省が次の学習指導要領で目指す学びを実現するために、必要なもの=効果があるものを絞り込み、提案していくことです」(伊藤氏)

 今年度は、単元を通した学びの中で、以下について重点的に取り組んでいる。

 

・単元の学びをスムーズにするために

「ドリル学習型コンテンツ」によって既習事項を掘り起こして新たな単元を学ぶ準備を整える

活用アプリ:eライブラリ

 

・単元の学びを深めるために

「協働学習支援ツール」とクラウドによって思考の活性化を図る

活用アプリ:スクールタクト

 

・単元で学んだことを伝えるために(子どもたちが発信するために)

「表現・発信支援ツール」によってコミュニケーション力を高める

活用アプリ:ロイロノート

 

地理的ハンデもあり、小中学校あわせて4校という小さな町が取り組む実証実験の結果に、注目している市町村も多いことだろう。

今後の取り組みに向けて

 今回、教育委員会と学校長に話を聞き、双方の距離がとても近いと感じた。伊藤氏の肩書きにある「指導主事」とは、教員経験者であることから現場に近く、“いまその学校に本当に必要なもの”を見抜く力が求められる。本来は学校や、管理職を含めた教員への「指導」を行う立場だが、新地町では「協働」という印象だ。

 

「教育委員会は、教育長や学校長、各学校の思いを実現するために動いていますが、私たちだけでは難しい部分もあります。そこで年に3回、大学教授やソフトウェア開発者らにコーディネーター/アドバイザーとして参加してもらう『ICT活用協議会』を開催し、有識者の指導・助言を受けながら各校が切磋琢磨しています」(伊藤氏)

目白大学 社会学部 教授の原 克彦氏や国内の小学校で初めて反転授業を行なった東北学院大学 教養学部 准教授の稲垣 忠氏、同町で採用している学習支援コンテンツ「eライブラリ」(ラインズ社)の廣井 敬氏らもアドバイザーの一人だ。

 

新地町では27年度までに、iPad Air2を171台(5〜6年生に一人1台)、Chromebookを40台(インテル社からの貸与で中学校に配備)導入済み。さまざまなOSからのクラウド接続についても検証を行っており、将来的なBYODの採用もすでに視野に入ってきている。

 

ハード/ソフトウェア面の拡充に加え、人的支援なども含め、平成22年から導入を進めてきた新地町のICT環境が、いよいよ整ったといえるだろう。新地町が最終的に目指すのは、ICTで学びの質を高め、社会で通用する子どもたちを育成すること。今年度のさらに進んだ取り組みについても期待したい。

 

なお、今年は11月16日(水)に「平成28年度 新地町ICT活用発表会」が行われる(昨年の模様 https://kyoiku.shinchi-town.jp/index.php?key=jo4a7wtdv-245#_245)。各学校での公開授業のほか、シンポジウム、ICT展示会なども開催される予定になっている。参加のお申し込みは、9月中旬から同町教育委員会のWebサイトにて受付開始。昨年は全国から400名を越える教育関係者が訪れた。

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