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なぜ、YouTube「大分県教育庁チャンネル」が生まれたのか

2016年06月20日 記事

大分県教育庁では、県全域における学校現場でのさまざまな事例や取組を紹介するYouTubeチャンネル「大分県教育庁チャンネル」を平成22年5月から始めている。県庁の広報活動の一環だが、視聴者の声を聞き、シリーズ企画を考えるという双方向の広報活動になっている。大分県教育庁 教育改革・企画課の岩野文昭氏、制作を担当する高木絵美氏、教育の情報化を推進する教育財務課 岡田克文氏の3人に話を伺った(2016年3月取材)。

現場の工夫や楽しさを伝える大分県教育庁チャンネル

 今では、地方自治体がYouTubeを活用することは当たり前のことになった。活用法は2つに大別することができる。1つは、知事会見などの映像を広報するもので、主にはその自治体の住民に向けて公開される。自治体のWebサイトなどで公開するよりもコストが抑えられ、住民にとってもアクセスしやすいというメリットがある。もう1つは、地域のPR映像を公開するもので、観光促進を目的にしている。人目を惹きつける必要があるため、テレビCM並みのクオリティで作成したり、ユニークなキャッチフレーズを使ったりとさまざまな工夫をした楽しい映像になっている。

 

 このような地方自治体のYouTube活用とは、また一味違った使い方をしているのが大分県教育庁だ。自治体のYouTube活用は平成20年前後から徐々に始まっていったと思われるが、大分県教育庁では平成22年5月という早い時期に「大分県教育庁チャンネル」を開設、大分県の教育への取組を動画で紹介している(2016年6月1日時点で450本超の動画アーカイブがあり、トータルで120万回超の再生回数)。

YouTube大分県教育庁チャンネル(https://www.youtube.com/user/oitaedu)。なお、大分県教育委員会のWebサイト内(http://kyouiku.oita-ed.jp/oita-channnel/)には、同チャンネル内の動画を4カテゴリに分け、目的の動画が探しやすいようインデックス表示されている。

 県の教育施策を紹介する動画はもちろん、人気を博しているのがリアルな現場の楽しさが伝わる動画だ。特に各学校、地域における教育の取組を紹介したり、児童生徒たちの様子を紹介した動画は住民でない私が見ても面白い。

 

 例えば、宇佐市立天津小学校で行われた体験授業をまとめた映像「校庭の砂でマグマを作ろう!」だ。宇佐市の地形は火山によって成り立っているので、これを実感してもらうための授業を取材した内容である。

 

・校庭の砂を鍋に入れて七輪で熱するということを行った。

・ところが、温度が80度程度にしかならず、砂はまったく溶解しない。

・子どもたちは次々とアイディアを出し、ドライヤーで風を送り、温度を上げることに気がつく。

・先生も温度を上げるための薬品投入などのアイディアを提案し、ついに温度は1000度に達し、砂が溶け、マグマになった。

・最後には、これを冷やし、校庭の砂利と比較、宇佐の土地が火山性であることを子どもたちに実感してもらう。

 

この体験授業の様子が5分程度にまとめられている。

校庭の砂でマグマを作ろう! 宇佐市立天津小学校 理科実験授業

 教育庁チャンネルは、チャンネル登録をしているユーザー数がすでに1300人を超え、多くの地域からアクセスされる“全国区”チャンネルになりつつある。従来の自治体広報と異なり、肩の凝らない内容となっているため、楽しみのために視聴する人、教員研修教材として利用する教育関係者が増えている。

変わり始めた地方自治体の広報戦略

大分県教育庁は、なぜ、このようなユニークなチャンネルを開設したのだろうか。その背景には、県のメディア戦略があった。

「県の仕事、施策はさまざまなメディアが伝えていただけますが、メディア側にはメディア側の考え方があり、取り上げるもの、取り上げないものが出てきます。メディアが営利目的であればそれは当然のことでしょう。ならば、県としても自分たちで発信できるメディアを持っておく必要があるのではないか。そこから出発しています」(岩野氏)

 

そして大分県は教育に熱心な地域でもあり、現場で頑張っている教員もたくさんいる。

 

「そういう方々の努力をできるだけ広く伝えたい。それが教育チャンネルの開設につながりました」(岩野氏)

 

また、現場で努力している教員、地域の方々は、その努力を努力だと思わず、当然のことだと思う気風があると言う。

 

「教育庁チャンネルで紹介することで、他の人からすごいねと誉められる。誉められることで、本人が自分の努力の価値や影響に気がつき、ますます努力をしていただけるといういい循環を生み出したかった」(岩野氏)

 

現在では他都道府県、海外からもアクセスがあり、県民に向けたチャンネルだったものが、県外、国外まで視聴されるメディアに育っている。

大分県教育庁 教育改革・企画課の岩野文昭氏(左)と、同教育財務課情報化推進班の岡田克文氏。大分県は早くから情報インフラを整備してきた情報先進県。岡田氏は長年、県の教育情報化に携わり、そのインフラを活かして教育ICTが今、花開こうとしている。

反響を聞きながら、成長していくチャンネル

 あまり知られていないことだが、大分県はネットワーク先進県である。平成11年に「大分県地域情報化計画」を策定し、翌年から各市町村を光ファイバーで結ぶネットワーク「豊の国ハイパーネットワーク」の敷設が始まった(ちなみに、「別府市立鶴見小学校の実証研究について」http://sip.dis-ex.jp/news.html?id=111)でも登場した公益財団法人ハイパーネットワーク社会研究所は、この計画実施には大きく関わっていた)。そしてこの基幹ネットワークの教育活動への利用が翌々年から始まり、平成22年4月に「大分教育ネットワーク」として再整備された。これは県立学校、市町村小中学校、各教育関係機関を結び、校務の効率化と教育への活用を目指したものだ。

 

「県立高校では、出席簿、成績簿などの校務関連書類は、デジタル化、標準化がされています。ですから、教員が他校に転任しても、校務関係の仕事は同じ感覚でこなすことができます」(岡田氏)

 

また、大分県の公立学校全体に、メール、スケジュール、書類(教材等)のやりとりなども現在ではクラウド化されていて、学校からでも自宅からでもアクセスできる理想的な環境が整っている。

 

「当時、文部科学省がYouTubeを使って発信を始めました。国がやっているのだから、県がやっても問題はないはずだという話になったのです」(岡田氏)

とはいえ、最初の一歩を踏み出すための調整は想像に難くない。

 

 実務面では都合がよかった。映像制作の経験がある職員の採用がすぐに決まり、最初はこの職員1人で、市販のビデオカメラを使って取材、県庁に戻ってから自席のパソコンで編集ソフトを駆使し、YouTubeに公開するというスモールスタートだった。しかし人員はスモールだが、志は高かった。当初から、教育庁チャンネルを定着させるには「定期的な更新」「キラーコンテンツの作成」が重要だと考え、初年度は年間50本を目標とした。これは1人でこなすにはかなり厳しい目標だ。

 

また、作業を効率化し、リピーターを増やすキラーコンテンツを生み出すため、シリーズ企画を考えた。その中からでてきたのが、授業をノーカットで録画した「授業まるごと!」シリーズと、1年という長いスパンで学校の取組を取材し、その中で成長していく生徒たちを通じて取組そのものの成果を浮かび上がらせるいくつかのシリーズ。同じ生徒が季節を変えて登場するので、子どもたちが成長していく様子が伝わってくることから、教育関係者以外の方からも視聴されていると考えられる。

 

「授業まるごと!」シリーズを始めたきっかけは、別チャンネルで公開授業の模様をまとめたものを公開していて、それらに対する視聴者の反応がよかったことから何か授業もののシリーズを立ち上げようということになったそうだ。岩野氏の前任者(高校教員)から「教員としては授業の『間』の部分が見たいけれど、大抵の授業の動画ではその部分がカットされている」と意見があったので、じゃあ授業を「まるごと」ノーカット録画で撮影して公開してみよう、ということになったそうだ。

 

当時は1時間という長い動画を果たして見てもらえるのだとうか、という危惧もあったが、視聴者の反応が非常によかったのため、今日まで続くシリーズになっている。実験的な試みが気軽にできるのも、こうした動画の良い点といえる。従来の一方的な広報のやり方では、生まれてこなかったかもしれない。

編集作業は、「Adobe Premire」を使って行う。カメラもごく普通の民生用ビデオカメラ。手作り感たっぷりの映像となり、それが教育庁チャンネルの親しみやすさにつながっている。

全国に波及の兆しがある自由度の高い広報活動

 現在、取材、編集、公開までを教育改革・企画課の高木氏と、映像編集の専任スタッフの2人体制で行っている。もちろん、他の業務との並行で進めているわけだが、それでも取材先を決め、構成案を考え、カメラ2台で取材にいき、編集をし、ナレーションを入れ、公開という作業には、最低でも1週間はかかり、チェックの時間を入れれば2週間近くかかってしまうこともあると高木氏は話す。それで、毎週木曜日更新を原則としているので、仕事としてはかなりハードだ。

大分県教育庁チャンネルの制作を担当する高木絵美氏
大分県教育庁チャンネルの制作を担当する高木絵美氏

取材はあくまでもライブ録画。シナリオを書いて、そのとおりに現場の先生や児童生徒たちに動いてもらうということは一切できない。避難訓練や課外活動などの取材では、あらかじめ児童生徒たちの動きを想定して、そこにカメラを事前に配置しておく必要がある。

 「予測が外れて、子どもたちが違う方向へいってしまうと、慌ててカメラを移動しなければいけないなど、ものすごく大変です(笑)」(高木氏)

 逆に、構成案とは別に素晴らしい事例を発見することもある。

「その場合は、取材先の関係者と相談しながら構成案を変えたり、別枠のもう1本の映像にしたりと、臨機応変に進めるように考えています」(高木氏)

 

教育庁チャンネルは、県庁の広報活動の一環ではあるが、文書による発表資料と比べれば自由度が高い。教育庁チャンネルはその特性をうまく活かしている。

 

 「構成案を見て取材するかどうかを判断しますが、構成案が絶対ではありません。取材先の現場の先生方が納得し、より魅力的な内容になっているのであれば、最初の構成案には固執しません。映像の長さも5分ぐらいという緩いルールで、内容によって多少長短がでるのも許容しています」(岩野氏)

 

 最近スタートした「シリーズICT活用」の評判がいい。タブレットなどのICT機器を活用している現場を取材したシリーズだ。今後は、このシリーズに力を入れていきたいと言う。県民や視聴者の声を聞きながら、成長していく広報活動になっていて、従来の一方通行的な県庁広報活動を補完する役割を果たしている。YouTubeを検索してみると、すでに隣の宮崎県教育庁、神奈川県教育委員会などもチャンネルを開設し、動画による発信を始めている。大分県教育庁への問い合わせも増えてきている。

この「教育庁チャンネル」の動きは、全国に波及していくことになるかもしれない。

  

(取材・文/牧野武文)

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