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大分県別府市立鶴見小学校の実践研究から見えてきたICT利活用の鍵【後編】

2016年06月16日 記事

別府市立鶴見小学校
別府市立鶴見小学校

 大分県別府市立鶴見小学校で、約2年間のタブレットPC利活用を含む実践研究が行われた。2013年にスタートした「大分県教育情報化推進戦略」における具体施策の1つで、児童の情報活用能力と教師のICT活用能力を高めるために同校が取り組んだ「校内の情報化推進」である。本稿では実践研究をコーディネートし、ファシリテーター役を務めたハイパーネットワーク社会研究所、渡辺律子副所長に話をうかがった。

課題=理想−現実

 大分県別府市立鶴見小学校で平成2710月から1年半行われたタブレットPCを含むICT利活用の実践研究では、「教育効果ももちろん研究対象にしたいのですが、教育効果を見るには5年、6年という期間での学力の変化など、長期間の調査をしないと、安易に議論することはできません。今回のトライアル(実践研究)では、教師の課題を抽出することを目標にしました」と渡辺氏が話すように、課題=理想−現実を浮かび上がらせるものだった。これから教育ICTに取り組む教育関係者には大いに参考となるだろう。

  

本取り組みでは、課題抽出のために、利活用の方法についてはシナリオや制限を設定せず、あえて、現場の教員の自主的な工夫に任せるという方法を採っていたまた、渡辺氏の個人研究として始まり、そこにICT利活用に積極的な元鶴見小学校高橋一成校長、ダイワボウ情報システムをはじめとする民間企業などが集まって実現した。民間色の強い実践研究という特徴がある。

公益財団法人ハイパーネットワーク社会研究所、渡辺律子副所長。ハイバー研は、ネット社会のさまざまな現象、課題を社会科学として研究する機関。
公益財団法人ハイパーネットワーク社会研究所、渡辺律子副所長。ハイバー研は、ネット社会のさまざまな現象、課題を社会科学として研究する機関。

「現在各地で行われている実践研究は、ICT機器にしても支援にしても、万全の準備が提供されることが理想とされます。でも、教育ICTが普及のフェーズに入ると、現実には機器だけがドーンと渡されて、あとは現場の先生に任せるというのに近い状況になることが考えられます。その状態で、教育の現場である学校がどこまで対応できるのか、教員が日常の業務負担があるなかでどのようなことならできるのか、その場合の課題は何かを探ろうというのが、このトライアルの目的でした」

このトライアルでは、教員側のさまざまな課題が見えてきた。面白いことに、ICT機器が活発に利用されるのは、6月、7月、そして10月から2月までという季節特性があるのだ。年度末から4月、5月までは学校行事が多く、教員はそちらに忙殺され、ICT教材の準備の時間がとれない。そのため、6月ぐらいからようやくICT活用が活発になってくるのだ。今回のトライアルでは、このような現実的な課題がいくつも浮かび上がってきている。

もっとも頻繁に使われたのは「カメラ機能」

 もっとも頻繁に使われたのは、カメラ機能だった。社会科、理科などで、児童たちが何かをタブレットのカメラ機能で撮影し、それについてクラスで発表をする。あるいは体育などで、運動や演技を同じくタブレットのビデオ機能で撮影し、それを生徒同士で確認しあうというものだった。

 

一方で、1年目はよく使われていたのに、2年目に使われなくなったスタイルとして、「フラッシュドリル」がある。これは、授業の最後にカード型ドリルアプリを使って、その日の授業の理解度の確認をするもので、生徒1人に1台のタブレットPCを渡して行う。

 

このフラッシュドリルの教育効果が小さかったわけではない。しかし、11台の環境で、ネットワークアクセス不良などが起きた場合は、教員1人では対応できないという問題があった。また、貸し出し提供されたタブレットPC41台なので、1クラスだけであれば11台の環境が実現できるが、2クラス、3クラスが同時に使いたいとなると、10台ずつに分けて使い、グループに1台という使い方になってくる。

 

ICT活用授業が増えてくると、同じ時間帯に使いたいというクラスも増えていく。そのため、11台を必要とするフラッシュドリルは、毎回の授業で行うわけにいかない。教師から見ると、毎回実行できないドリル演習というのは、授業計画に組み込みづらいことになるのだ。

 

結局、最終的にもっとよく使われたスタイルは、グループ学習だった。各グループに1台または数台のタブレットPCを渡し、課題となっているテーマについて議論をさせる。その議論の内容をタブレットPCでまとめ、電子黒板に投影をして、発表をするというものだ。

体育の授業中、縄跳びの様子をタブレットPCのカメラ機能で撮影し、電子黒板/大型ディスプレイで再生(下写真)。跳んでいる本人はもちろん、すぐさま動画で跳ぶ際のポイントを児童に視覚的に使えることで上達にも期待が持てる。

ICTリテラシーよりも重要な教員の“授業力”

 教育へのICT利活用というと、ICT機器に慣れている教員はうまく活用でき、不慣れな教員はうまく活用できないという現象が起こることが容易に想像される。しかし、今回の取り組みではこの先入観にあてはまらない事例に触れたと言う。

 

ICT機器はほとんど触ったことがないという方がいました。でも、そのクラスではタブレットPCをとてもうまく使いこなしているのです」

 

なぜ、ICT機器に不慣れな教員のクラスがうまく活用できているのか。渡辺氏は「子どもを全面的に信頼しているからではないか」と言う。

 

今の子どもたちは、スマートフォンを持っている子も多いし、そうでない子どもも、ICT機器に対しては短時間で使いこなし方を発見的に学びとっていく。その教員は、ICT機器の準備や、電子黒板に画面を投影するなどの操作を、児童たちにお願いしてしまうのだという。こうすることで教員の負担も減り、しかも、その教科が苦手でもICT機器の使い方に長けている児童の居場所ができ、授業に積極的に参加してもらえるようになる。

 

「どうしても教員というのは、授業計画からICT機器の準備まで、すべてを教員が一人で事前に終えておかなければならないと考えがちですが、そうすると負担が大きくなりすぎてしまいます。生徒を信頼して、生徒に任せるところは任すという姿勢で授業に望んでいると、結果的にいいICT活用授業ができているという印象を持っています」

別府市立鶴見小学校 後藤教諭
別府市立鶴見小学校 後藤教諭

 

「私自身は機械下手で、このような機会をいただいて初めてタブレットに触りました。扱いに慣れるまでは迷うこともありましたが、子どもたちとともに学びながら楽しく実践を続けました。タブレットはアイデアしだいでさまざまな活用ができます。通常のやり方では上手くいかなかったり、時間がかかりすぎたりしてあきらめていたことも可能にしてくれます。これからさらに開拓される分野ですので、多くの方と実践を共有できることを期待しています。」(後藤教諭)

先生と生徒の関係性を変えていくための鍵は?

渡辺氏は、教育へのICT活用を成功させる鍵は、「先生と生徒の関係性が根本から変わる」ということを教員がどれだけ自覚できるかではないかと考えている。

 

「今、知識はネットを検索すればいくらでも学べます。教員は一方的に知識を与える人ではなくて、学びの場をつくっていくファシリテーターだという意識が必要なのだと思います。先生が知識を一方的に与えていたら、子どもたちは先生の知識の範囲のなかでしか成長しません。でも、子どもたちは先生の知識を超えて大きく成長してもらいたいと誰もが願っているはずです」

 

教育へのICT利活用というとき、「授業計画のなかで、1つの道具としてICTデバイスを利用する」という側面と、「ICT機器そのものの使い方、活用法を教える」という側面の両方がある。

 

「子どもたちは、家庭の中でスマートフォンやタブレットを使っているので、使い方はすでに身につけています。操作法を学校で教える必要はないと思います。学校で教えるべきなのは、一定の課題をこなすために、どのようにICT機器を使えば効果的なのかという、高い次元での活用法です」

 

もう1つ、学校で教えるべきなのが、安全なICT機器の活用法だと渡辺氏は話す。

 

「こう使うと誰かを傷つける可能性があるという心に訴える教育は、教員の方々が一生懸命工夫をして教えています。でももう1つ、仕組みを理解させることも必要ではないかと考えています」

 

ICTの仕組みがわかっていないと、使ううえでも問題が生じることがある。例えば、親しい友人に向けて発信したつもりの冗談ツイートが、面識のない人にリツートされて炎上し、問題化するという事件が起こり続けている。これは、「ツイートは公開されている」という意識が薄いために起こる問題だ。

 

「高校からは情報の授業があるので、仕組みについても教えます。でも、小学校では情報という教科がないんですね。なので、各教科のなかでICT機器を使いながら、身につけさせていくことが必要です」

 

子どもは、ちょっと悪くて、ちょっと危ないことに、大きな魅力を感じる。

 

「そのちょっと悪くて、ちょっと危ないことに直面したときが、大きなチャンスになると思うんです。不祥事として隠して処理しまうのでなく、先生と生徒が一緒になって考える。学校だけではなく、地域の人も一緒に考える。それはものすごくいい教育機会になるはずです」

(前)別府市立鶴見小学校 髙橋校長
(前)別府市立鶴見小学校 髙橋校長

 「授業をはじめさまざまな教育活動の中で、40台のタブレットPCを活用できる機会をいただいたことにたいへん感謝している。「とにかく使ってみよう」ということからスタートした実践であったが、教員はタブレット型PCに触れながら操作方法等を理解し、また、活用することの大きなメリット等にも気づいていったようである。創意あふれる豊かな教育活動を展開していくためにも、今後もさまざまな場面でICT機器を活用していくことが肝要である。」と前 鶴見小学校長の髙橋氏は語った。

 

 最後に、渡辺氏がこのトライアルを通じて痛感したのは、ICT利活用の成否を決めるのは教員の“授業力”だということだ。

 

「元々の授業力が高い教員は、ICT機器を自分の授業計画の中にうまく組み込んで効果的に使っていくことができます。一方で、授業力にまだ自信が持てない教員にICT機器を与えてしまうと、かえって授業の質を低下させてしまうことにもなりかねない。結局、一番重要なのは、教員の能力を高めることなのだと再確認しました」

 

今後も、ICT機器にこだわらず、子どもから教員、大人までの情報活用能力を高める活動をしていきたいと渡辺氏は話す。

 

(取材・文/牧野武文)

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