STEAM教育推進チーム発足

わか子:(コンコン)失礼します。校長先生、お時間よろしいでしょうか?

校長:おっ、わか子先生。どうぞ、入ってください。

わか子:STEAM教育実践校へ視察に行ってきましたので、そのご報告をと思いまして。

校長:聖徳学園中学・高等学校と、兵庫教育大学附属小学校へ行ってきたそうですね。でも、報告は要りませんよ。

わか子:え? もしかして、我が校でSTEAM教育に取り組むのをやめるなんて言いませんよね…?

校長:そんなことはありません。来年度には開始しようと思います。ですから、そろそろほかの先生方にも伝えておくべきだと思うので、今回の視察も踏まえてこれまで学んだことをわか子先生に発表してください。

わか子:なるほど…! いつですか?

校長:月末の職員会議がいいと思います。そこで私も話を聞かせてもらいますので、それから本格的に私を含めた4人で準備を進めていきましょう。

わか子:わかりました。STEAM教育を開始するうえで、ほかの先生方の理解や協力が欠かせないですから、しっかり発表したいと思います。あれっ、でも4人ってどういうことですか?

校長:わか子先生だけだと大変だと思いますので、STEAM教育推進チームを作ろうと思うんです。はやお先生とひろと先生に相談したら快諾してくれたので、これから一緒に我が校のSTEAM教育を先導していってください。

わか子:そうなんですか。それは心強いです。では、さっそくプレゼンの準備を始めたいと思います。

STEAM教育を始めるのに大切なこと

わか子:では、STEAM教育推進チームの記念すべき第1回目のミーティングを始めます。はやお先生とひろと先生、お忙しい中、チームに加わっていただきありがとうございます。

はやお:いえいえ、わか子先生の話を聞いていて、STEAM教育への関心がどんどん高まってきたんです。STEAM教育って学校だけでなく、家庭でどのように子どもを育てるかを考える際にもすごく役立ちますから。

ひろと:僕は、“未来の先生”に一歩でも近づきたいと思って。これからの子どもたちが新しい資質や能力を身につけなければいけないのに、先生側が何も変わろうとしないのはなんだか無責任ですよね。

わか子:そう言ってくれて嬉しいです。じゃあ、さっそく始めましょう。まずプレゼンではSTEAM教育の概念と必要性から説明しようと思うんです。このあたりの話は以前3人で話し合ったから大丈夫ですかね。

はやお:その次は、わか子先生が実践校の視察を通して学んだことを話してみたらどうですか? STEAM教育を開始するうえで欠かせないことについて説明するのがいいと思います。

わか子:そうですね。STEAM教育を始めるうえでは「1人1台端末」と「高速ネットワーク環境(※1)」が整っていること、そしてそれを活かした学習がほとんどの教科ですでに実践できていることを伝えてみます。

はやお:文部科学省が公開する「『1人1台端末・高速通信環境』を活かした学びの変容イメージ」を知ってもらえば、ほかの先生もイメージしやすいと思います。GIGA端末の活用ステップのうち、我が校はその第1ステップ「『すぐにでも』『どの教科でも』『誰でも』活かせる1人1台端末」と、「教科の学びを深める。 教科の学びの本質に迫る。」はほぼクリアできていますし。

わか子:だから、次のフェイズで最後の第3ステップにあたる「教科の学びをつなぐ。社会課題等の解決や一人一人の夢の実現に活かす。」に取り組もうとしていて、それがSTEAM教育であると説明するってことね。

ひろと:うちの学校では、すでにGIGA端末が授業で活用されているので、教科横断的なSTEAM教育もすぐに始められそうですね。

わか子:いえ、それだけじゃ十分じゃないのよ。実践校の視察を通してわかったのは、STEAM教育を始めるうえでは「STEAM教育を推進する人の確保」や「STEAM教育の目的の明確化」「保護者への説明と共有」、そして理想は「STEAM教育を実践できる施設や設備」も必要だとわかったの。そしてもっとも重要なのは「学校全体でのコンセンサス」が形成されていること。だから、それを得るために今回のプレゼンもしっかりと行わないといけない。

ひろと:なるほど。うちの学校の場合、STEAM教育を推進する人は自分たちがいるから大丈夫だとしても、STEAM教育の定義に関しては校長先生やほかの先生方も交えて議論が必要になるでしょうし、保護者への説明会も開いたほうがよさそうですね。

わか子:そうだね、やることはまだまだたくさんあるね。

(※)「GIGAスクール構想の実現 標準仕様書」(令和2年3月3日)によると、学校からのネットワーク回線は最大1Gbps以上のベストエフォート回線(もしくはギャランティ回線)とされ、1台当たりの使用帯域目安は遠隔授業の実施(テレビ会議)には2.0Mbps、YouTube(HD720p画質)には2.5Mbpsとされる。クラス40人がそれぞれテレビ会議を利用する場合は2.0Mbps×40台=80Mbpsの帯域が必要。
https://www.mext.go.jp/content/20200303-mxt_jogai02-000003278_407.pdf

これからの子どもに求められる「資質・能力の三つの柱」

ひろと:STEAM教育を実践する素地を整えたら、次に何をすることが重要ですか?

わか子:実践校の視察を通して学んだのは、STEAM教育を「総合的な学習の時間」だけで行おうとするのではなく、いかに各教科の学習と関連づけるかというカリキュラム・マネジメントが大切だってこと。そしてそのためには、あらかじめ年間指導計画を学校全体で再編する必要があると思うの。

はやお:確かにそうかもしれません。先生方は自分たちの授業で現状手一杯だから、STEAM教育を取り入れるようにとお願いしたところで、なかなか難しいでしょうからね。あらかじめSTEAM教育へ学校全体で取り組むことに賛同いただいたうえで、たとえば年度当初から教科ごとにSTEAM教育を取り入れた授業を行えるように年間カリキュラム(教育課程)を設計するのが重要ってことですね。

わか子:学習指導要領の改訂にあたり、文部科学省が公開した「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について」という資料でも、このように示されているわ。

各学校においては、資質・能力の三つの柱に基づき再整理された学習指導要領等を手掛かりに、「カリキュラム・マネジメント」の中で、学校教育目標や学校として育成を目指す資質・能力を明確にし、家庭や地域とも共有しながら、教育課程を編成していくことが求められる。

ひろと:ここでいう「資質・能力の三つの柱」とは何ですか?

わか子:①何を理解しているか、何ができるか、②理解していること・できることをどう使うか、③どのように社会・世
界と関わり、よりよい人生を送るか、の3つね。

はやお:対話型AIが登場するなど、テクノロジーが刻々と進化し、将来の予測が困難な社会の中では、各教科等において知識や技能を単に習得するだけでなく、それをどのように問題解決につなげ、社会や世界との関わりの中で学んだことの意義を実感できるかという資質や能力を育むことが大切ということか。

ひろと:まさに僕たちがSTEAM教育の実践を通して目指そうとしていることだ! これまでの教育のように「何を知っているか」を教えるだけではダメってことですよね。

わか子:そして、この資質・能力の三つの柱を養うには、①各教科等において育む資質・能力、②教科等を越えた全ての学習の基盤として育まれ活用される資質・能力、③現代的な諸課題に対応して求められる資質・能力、という教育課程の3つをバランスよく取り入れていくことが重要とされているの。

上手にカリキュラム・マネジメントするには

ひろと:では、具体的にどのように年間カリキュラムを再編していったらいいのでしょうか?

わか子:そうね、このあたりが一番難しいところね。

はやお:ネットを検索してみたら、「資質・能力の育成を重視する教科横断的な学習としてのSTEM教育と問い」という研究論文にこんな表が掲載されていたんだけど、参考にならないかな?

「資質・能力の育成を重視する教科横断的な学習としてのSTEM教育と問い」松原憲治・高阪将人 2017年41巻2号より引用
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jssej/41/2/41_150/_pdf/-char/ja

わか子:資質・能力の三つの柱を養うために求められる3つの教育課程と、それによって育成される資質や能力、そして授業の目的や先生の役割がわかりやすくまとめられているわね。

はやお:各教科固有の知識やスキルを身につけるのが「Thematic」アプローチ、教科横断的な学習を行うのが「Interdisciplinary」アプローチ、そして実世界の課題を解決する能力を養う「Transdisciplinary」アプローチということだね。この3つのアプローチをうまく組み合わせて、年間カリキュラムを作るのがいいんじゃないかな。

わか子:いい案ですね。兵庫教育大学附属小学校の林孝茂先生は「総合的な学習の時間」をSTEAM教育の実践の場と捉え、その実践を行うために必要な知識やスキルに関しては各教科の授業の中で事前に身につけておくことが大事だとおっしゃっていましたし。

はやお:まずは、1年を通して学年ごとの教科でどのような授業を行うのかを紙などに書き出してみるといいかもしれない。そして、それぞれの教科の単元ごとに、STEAMのどの要素を取り入れた授業を行うかをプロットしていって(「Interdisciplinary」アプローチ)、それが「総合的な学習の時間」(「Transdisciplinary」アプローチ)に活きるように年間計画表を作るのがいいと思う。

ひろと:僕もそう思います。校長先生のビジョンとリーダーシップのもと、わか子先生が各教科等をつないでカリキュラムデザインするミドルリーダーとなって、ほかの先生方と一緒に作っていくのがいいんじゃないでしょうか。

わか子:STEAM教育を実践するのにいかに「人」が大事かは、自分が担当になってみてよくわかったわ。そうしてデザインしたカリキュラムが学校の特色にもなっていくと思うので、頑張って取り組んでみましょう。

はやお:ただ、初年度からあんまり頑張りすぎるとほかの先生方への負担も大きいから、まずは様子を見てスモールスタートすることも検討しておいたほうがいいね。

わか子:確かに。聖徳学園中学・高等学校の品田健先生がこんなことをおっしゃっていました。「STEAM教育を始めるからといって、S、T、E、A、Mが全部関係したものを最初からやろうする必要はない。まずはSとT、TとEを組み合わせるだけでもいい」って。

ひろと:そして、そこから学んだことを翌年のカリキュラムに取り入れていくというトライ&エラーの姿勢も大事かもしれないですね。

先生方の授業スタイルやマインドセットを変える

わか子:今回のプレゼンは、私が視察を通して学んだことを報告するのがメインだから、これくらいの内容でいいと思う。でも、ほかの先生方が果たして理解を示してくれるかがちょっと不安で…。

はやお:そうですね。STEAM教育の必要性に関しては一定の理解はしてもらえると思うけど、いざ実践するには先生方に授業への向き合い方や授業の仕方を変えてもらわなければならないから、一筋縄ではいかないかもしれないですね。

ひろと:先生ごとに異なる経験年数や問題意識も尊重しなければいけませんよね。先生方が授業スタイルやマインドセットを変えることにつながるきっかけになるようなものがあるといいですよね。

はやお:民間企業が行っている教員研修を体験してもらうのはどうだろう? たとえば、私が以前参加したことのあるダイワボウ情報システムの教育研修プログラムでは、実際の教育現場に即した形で、実証研究で得られた教育現場からの声も反映しながら、「アクティブ・ラーニングを実現する授業デザイン」についてや「21世紀スキルを育む授業デザイン」について学ぶことができ、とてもタメになったよ。

ダイワボウ情報システム株式会社「教員向け授業デザイン研修」
https://sip.dis-ex.jp/series/products#11

わか子:そうね。私がSTEAM推進リーダーだからといって、ほかの先生方に授業の仕方を押し付けることはできないから、教育研修プログラムの受講を校長先生に掛け合ってみます!

ひろと:でも、想像してみると先生方にはだいぶ負担をかけることになりますよね。そんな時間を捻出してもらえるんでしょうか? 教育研修プログラムを受けたり、STEAM教育の勉強会などにも参加してもらったりすることになりますよね…。

わか子:そうなのよ。品田健先生は「学校生活に余白を作ること」がもっとも重要ではないかとおっしゃっていたわ。つまり、STEAM教育を成功に導くには、先生方や児童生徒に時間的な余裕を確保することも考えて、カリキュラム・マネジメントしなければならないと。

はやお:STEAM教育を授業に取り入れようとすると、特に慣れるまでは先生方は準備に時間がかかるでしょう。それに児童生徒もこれまでの授業とは違った形で創造的なアウトプットをするには時間的な余裕が必要です。

わか子:だから、そこは校長先生と話して、職員会議や授業後の討議会などの時間を上手に減らしてもらうなどして、STEAM教育のための時間を確保する必要があるわね。

ひろと:あと、個人的には先生方の理解や協力を得るうえで、職員室の雰囲気づくりが大事だと思うんです。教科横断的・協働的な学習を促すには、ほかの教科の先生ともっとコミュニケーションを図れるような環境を作れるといいですよね。

はやお:いいこと言うね。この単元とこの単元、またはこの教科とこの教科をつなげば授業が効率的になるし、より子どもたちの学びを豊かにできる、みたいな会話を先生方が話し合えるようになると最高だと思う。

ワクワクした学びを実現するために

わか子:よし、今回のミーティングはこれで終わり。だいぶ整理できたから、私がプレゼン資料を作成するわね。

はやお:STEAM教育は新しい取り組みだけど、これからの時代を活きる子どもに必要であること、そして最初は苦労するかもしれないけど、そのためにはまずは私たち先生が積極的に取り組まないといけないということが伝わるといいね。

わか子:そうですね。STEAM教育ではこれまでのように、「完璧な授業を目指さないといけない」という考えを持つ必要はなくて、失敗を恐れずチャレンジする気持ちが大事であることをプレゼンの最後に付け加えます。

ひろと:そして、今後はSTEAM教育を実施にするにあたり、学校全体で先生や生徒が"失敗できる環境や雰囲気づくり"をしていけるようにしましょう!と締めくくるのはどうですか? “失敗こそが成功への道”っていう考えもありますし。

わか子:ナイスアイデア! こうやって一緒に考えたり、悩んだり、楽しんだりすることが学びにつながるのよね。だから、先生方が子どもと一緒にワクワクしてSTEAM教育を実践してもらえるように、私たちも楽しんでチャレンジしていきましょう。

【監修】竹元賢治(トランジスターズ株式会社 代表取締役)

【監修者プロフィール】
長年大手半導体会社でICT教育事業推進に携わり、
自治体の有識者会議やICT教育推進事業の委員やICTアドバイザーなどを務める。
現在はトランジスターズ株式会社の創業者兼代表としてPBL,STEAM教育用の研修カリキュラムの開発や研修講師、また講演者として教育セミナーやイベントなどで登壇を行っている。

【監修者コメント】
STEAM教育について、多くの先生から「どう始めるのが良いのか?」というご相談をいただくことがあります。私は、まずは「他教科・既習領域連携型」アプローチからスモールスタートし、次に「STEAM領域連携型」へのステップアップを勧めています。

「他教科・既習領域連携型」とは、ある一つの教科単元内で他教科や既習領域から必要な知識や技能を取り入れる方法です。例えば、「5年生社会科:資料や情報から考える」では、「情報収集・整理・分析・発表」というプロセスが必要です。このプロセスでは算数で学んだ「グラフ」や国語で学んだ「要約」などが役立ちます。このように他教科・既習領域から必要な知識・技能を適切に活用・応用することで、「資料や情報から考える」という社会科単元内でも教科横断的な視点や考え方を育むことが可能です。

このアプローチでは以下の3点に注意する必要があります。
1.「どのような他教科や既習の知識、技能が必要になるか?」
2.「いつ」「どこで」「何を」「どのように」学んだか明確にすること。
3. 「子どもたちが自分たちの学びを意識し、活用できるようにするための工夫は何か?」
(例:問いかけ・復習・振り返り)
これらを意識した指導を行うことが大切です。

このような学習を習慣づけていくことで、STEAM教育が目指す「領域連携型」の学びにつながります。特に「総合的な学習活動の時間」で行われる課題解決学習(PBL)では、複数領域から課題解決(目標達成)に必要な知識・技能を統合し、活用・応用が求められます。

例えば、SDGsにもつながる「地球温暖化問題」では、「気候変動」(理科)、「エネルギー政策」(社会)、「データ分析」(算数)などから必要な知識・技能を取り入れます。また、具体的な活動ではテクノロジーの活用(ICTやプログラミング、ものづくりなど)、その活動成果の発表ではプレゼンテーションや、動画、ポスター制作など、「地球温暖化問題」という現実社会の問題に対してSTEAM的な視点や考え方ならびに解決手法を育むことが可能です。

これらSTEAM的アプローチを用いることで、子どもたちが学習活動により積極的に参加するようになります。グループワークでは既習や他教科の知識を使って話し合う場面が増えました。そうすると、学習を進める上で不足している(まだ学んでいない)知識や技能にも気づき、GIGA端末などICT機器を活用し、積極的に調べたり、仲間との対話や共有、発表など、子どもたちが自らの学びを深め、主体的に活動を進めていくことができるようになります。

以上のように、「他教科・既習領域連携型」と「STEAM領域連携型」の2つのアプローチをステップアップ的に用いることで、スムースなSTEAM教育の実践・導入を目指してください。